アーンアウト条項とは?売却対価の後払いの仕組みと売り手の注意点

アーンアウト条項を含むM&A契約について、将来の成長を見据えて話し合う経営者と専門家

自社の売却を検討し始めた経営者の中には、「提示された譲渡対価が、将来の成長ポテンシャルを十分に反映していないのではないか」という不安を抱く方が少なくありません。特に、直近数年で業績が急拡大している企業や、新規事業がまだ収益化の途上にある企業では、現時点の財務数値だけをもとに算定された企業価値評価に納得しきれないケースがあります。一方で買い手側も、将来の業績が不確実な企業に対して、当初提示額をそのまま支払うことにはリスクを感じます。

こうした売り手と買い手の評価ギャップを埋める手法として、M&Aの実務で用いられているのが「アーンアウト」と呼ばれる条項です。譲渡対価の一部を、クロージング後の一定期間における業績達成度に連動させて後払いする仕組みであり、双方の期待値の差を契約上で調整する役割を果たします。ただし、アーンアウトは制度設計を誤ると、売り手が期待した対価を受け取れなかったり、買い手・売り手間で業績評価をめぐる対立が生じたりするリスクも抱えています。

そこで本記事では、アーンアウトの基本的な仕組みから、メリット・デメリット、計算方法、会計処理・税務上の注意点、契約設計時の実務ポイントまでを、M&Aで自社の売却を検討している中小企業経営者の目線で網羅的に解説します。

M&Aの全体像(意味・目的・手法・流れ)をまとめて確認したい方はこちら


目次

アーンアウトとは?M&Aにおける意味と基本的な仕組み

アーンアウトの基本的な仕組みを理解しようとする経営者

アーンアウト(Earn Out)とは、M&Aにおいて譲渡対価の一部を、クロージング(取引実行)後の一定期間における対象会社の業績達成度に応じて、追加的に支払う仕組みを指す契約条項です。日本語では「業績連動型対価」と説明されることもあります。

一般的な株式譲渡では、クロージング時点で譲渡対価の全額が確定し、一括で支払われます。これに対してアーンアウトを組み込んだ取引では、対価を「固定部分(クロージング時に支払う確定金額)」と「変動部分(将来の業績に応じて追加で支払われる金額)」の2段階に分けて設計します。変動部分の支払いは、あらかじめ設定した評価期間(1〜3年程度が目安)が経過し、売上高やEBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)などの財務指標が一定水準を達成したことが確認された時点で実行されます。

アーンアウトが用いられる主な目的は、売り手と買い手の間にある「企業価値評価のギャップ」を埋めることです。売り手は自社の将来性に自信を持っている一方、買い手は過去の実績をベースに保守的な評価をせざるを得ない場面が多く、両者の希望額に差が生じがちです。アーンアウトを活用すれば、買い手はクロージング時点のリスクを抑えつつ、業績が実際に達成された場合には追加対価を支払うという形で、双方が納得できる譲渡条件に近づけることができます。

なお、アーンアウトは「対価の一部を後払いにする」という点で、単なる分割払いと似ているように見えますが、両者は性質が異なります。分割払いは、あらかじめ確定した金額を複数回に分けて支払う仕組みであるのに対し、アーンアウトは支払われる金額そのものが将来の業績次第で変動する点が本質的な違いです。この「金額が確定していない」という性質こそが、アーンアウト契約特有のメリットとリスクの両方を生み出しています。

類似する条項・スキームとの違い

アーンアウトは、他のM&A関連の条項や概念と混同されやすいため、初出時点で違いを整理しておきます。

みなし清算条項(Deemed Liquidation Preference)との違いは、みなし清算条項がベンチャー投資における優先株式の分配順位を定める条項であるのに対し、アーンアウトは譲渡対価そのものの支払い時期・金額を業績に連動させる条項である点です。両者は目的も適用場面も異なりますが、スタートアップのM&Aでは両方が同時に契約書に盛り込まれることがあるため、どちらの条項がどの資金の流れを規定しているかを個別に確認する必要があります。

ロックアップ(キーマン条項)との違いも重要です。ロックアップとは、売り手経営者やキーパーソンが、クロージング後の一定期間、対象会社に在籍し続けることを義務付ける条項を指します。アーンアウトは「対価の支払い方法」に関する条項である一方、ロックアップは「人材の継続関与」に関する条項であり、両者は別の概念です。ただし、アーンアウトの評価期間中に業績目標を達成させるためには、売り手経営者が引き続き経営に関与することが前提となるケースが多いため、実務上はロックアップと組み合わせて設計されるのが一般的です。なお、ロックアップは「同業他社への転職・起業の禁止」を意味する競業避止条項とも異なる概念である点に注意が必要です。

アーンアウト条項が用いられる背景

M&A市場の拡大を背景にアーンアウトの活用を検討する経営者と専門家

アーンアウトが実務で活用される背景には、M&A市場全体の取引件数増加と、評価が難しい業種・企業の増加という2つの要因があります。

レコフデータ運営のM&A専門情報サイト「MARR Online」が公表した「2025年のM&A回顧」によれば、2025年(1〜12月)の国内企業によるM&A件数は5,115件、金額は35兆7,437億円といずれも過去最高を記録しました。M&A市場の拡大とともに、譲渡対価の算定をめぐる売り手・買い手間の交渉も多様化しており、単純な一括払いでは折り合いがつきにくい案件が増えています。

特に、IT・SaaS企業やスタートアップなど、直近の業績よりも将来の成長性が企業価値の中心を占める業種では、DCF法(将来キャッシュフローを現在価値に割り引く評価手法)やEBITDAマルチプル法(類似企業の倍率を用いる評価手法)を用いても、売り手と買い手の想定株価に大きな乖離が生じやすい傾向があります。こうした状況で、対価の一部を将来の実績に連動させるアーンアウトは、両者の交渉を前進させる現実的な選択肢として位置づけられています。

また、中小企業のM&Aにおいては、後継者不在を背景とした第三者承継の増加も、アーンアウトが検討される一因です。帝国データバンクの「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(2025年11月21日公表)によれば、後継者不在率は50.1%となっており、事業承継を目的とした譲渡案件が増加傾向にあります。承継目的の譲渡では、売り手経営者が譲渡後も一定期間経営に関与し続けるケースが多く、その関与期間の業績を対価に反映させる手段としてアーンアウトが選択されることがあります。

さらに、中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)は、2024年8月30日に公表され、2025年1月1日から適用されています。同ガイドラインでは、契約締結前に仲介者・FAが書面で説明すべき事項が17項目にわたって明示されており、仲介者とFAの違い、提供業務の範囲・内容、担当者の保有資格に加え、手数料(相手方の手数料を含む)の算定方法、契約終了後一定期間の成功報酬請求権であるテール条項、利益相反に関する事項なども対象に含まれます。譲渡対価の算定方法についても、書面による丁寧な説明が求められるようになりました。アーンアウトのように対価の一部が将来変動する契約形態を検討する際は、算定方法や条件の妥当性について、仲介者・FAからの説明を鵜呑みにせず、自らも内容を十分に理解した上で契約に臨む姿勢が一層重要になっています。

アーンアウトの計算方法と評価指標

財務指標と非財務指標を比較しながらアーンアウトの計算方法を検討する専門家

アーンアウトの対価計算では、財務指標を用いる方法と非財務指標を用いる方法があり、対象会社の業種・成長段階に応じて使い分けられます。

財務指標を用いる場合、売上高・営業利益・EBITDA・純利益などが代表的な指標です。財務指標は客観性が高く、決算書から確認できるため、契約当事者間での認識のずれが生じにくいという利点があります。一方、非財務指標としては、顧客数・契約継続率・製品開発の進捗度・市場シェアなどが用いられることがあります。特にスタートアップのM&Aでは、黒字化前の段階でも企業価値が評価されるケースがあるため、財務指標だけでは業績の実態を正しく反映できない場合に非財務指標が併用されます。

計算方法の型としては、実務上いくつかのパターンに整理できます。それぞれに一長一短があるため、対象会社の事業特性に応じて選択することが重要です。

計算方法の型 概要 適した業種・場面
利益分配型 評価期間中の利益の一定割合を追加対価として分配する方式 収益構造が比較的安定している業種
閾値超過型 設定した業績目標(閾値)を超えた部分にのみ追加対価を支払う方式 成長余地が大きい事業・新規事業
段階型 業績達成度に応じて対価の水準を複数段階に分けて設定する方式 業績のブレ幅が大きい業種
マイルストーン達成型 売上・利益以外の達成指標(開発進捗、承認取得など)に連動させる方式 開発型企業、規制産業
複数指標連動型 財務指標と非財務指標を組み合わせて総合的に評価する方式 事業モデルが複合的な企業

なお、これらの型の呼称や具体的な設計は、仲介会社・FA(フィナンシャル・アドバイザー)ごとに異なる場合があります。契約時には、自社の状況に最も適した設計を専門家と個別に検討することが望ましいといえます。

売り手にとってのメリット

アーンアウトによって将来性を評価された安心感を見せる売り手経営者

アーンアウトは、売り手経営者にとって主に2つのメリットをもたらします。

第一に、企業価値評価のギャップを埋めることで、より高い総対価を実現できる可能性がある点です。買い手が保守的な評価をせざるを得ない状況でも、アーンアウトを組み込むことで、将来の業績次第では当初提示額を上回る対価を受け取れる余地が生まれます。特に、直近の実績だけでは説明しきれない成長性・将来性を持つ企業にとっては、その価値を対価に反映させる有効な手段となり得ます。

第二に、譲渡後も経営に関与し続けるインセンティブを持てる点です。アーンアウトの対価は、評価期間中に達成された業績に連動するため、売り手経営者が引き続き事業運営に主体的に関わる動機付けになります。事業承継を目的としたM&Aでは、譲渡後すぐに経営から退くことに不安を感じる経営者も多く、アーンアウトを通じて段階的に経営権を移譲していくプロセスと相性が良いとされています。

売り手にとってのデメリット・リスク

アーンアウトの業績未達リスクを慎重に確認する売り手経営者

一方で、アーンアウトには売り手が見落としがちなリスクも存在します。契約前に十分理解しておくべき点を整理します。

第一のリスクは、業績目標を達成できなければ、期待していた追加対価を受け取れないという不確実性です。クロージング後の経営は、実質的に買い手の意思決定の影響を強く受けます。買い手側の経営方針の変更、投資判断の縮小、人員配置の見直しなどによって、売り手がコントロールできない要因で業績目標が未達になる可能性があります。この点は、アーンアウト契約を検討する際に最も慎重に評価すべきリスクです。

第二に、対価の受け取りが分割・後払いになるため、一括でまとまった資金を得られない点も無視できません。事業承継後の生活設計や、次の事業への再投資を計画している経営者にとって、対価の受け取り時期が不確実であることは資金計画上の制約になり得ます。

第三に、評価期間中は買い手との間で業績評価をめぐる見解の相違が生じるリスクがあります。特に、評価指標の定義や会計処理の解釈が契約書上で曖昧な場合、達成の有無をめぐって交渉や紛争に発展することがあります。こうしたリスクを回避するためには、契約締結前の段階で、評価指標・算定方法・除外事由などを可能な限り具体的に明文化しておくことが重要です。

条件の妥当性や契約書の内容が自社にとって不利になっていないかを、契約締結前に中立的な第三者に確認しておくことも一つの選択肢です。

契約条件が自社にとって妥当か、中立的な第三者に相談したい方はこちら

買い手にとってのメリットとデメリット

アーンアウト活用による支払リスクの分散を検討する買い手企業の役員

アーンアウトは売り手だけでなく、買い手にとっても一定のメリット・デメリットを伴います。双方の立場を理解しておくことで、交渉の全体像を把握しやすくなります。

買い手にとってのメリット

買い手にとっての最大のメリットは、業績が未達成の場合に支払う対価を抑えられる点です。将来の不確実性が高い企業を買収する際、当初提示額をすべて確定させて支払うことにはリスクが伴いますが、アーンアウトを活用すれば、実際の業績達成度に応じて支払額を調整できます。これにより、買収に伴うリスクを分散させることが可能になります。

また、アーンアウトの評価期間中は売り手経営者が経営に関与し続けるケースが多いため、買収後の統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)が円滑に進みやすくなる場合があります。ただし、これは一方的なメリットとは限りません。売り手と買い手の間で権限分配が曖昧なまま経営への関与を続けさせると、意思決定のスピードや方針の一貫性が損なわれ、かえってPMIを難しくすることもあります。評価期間中に売り手経営者がどこまでの権限を持つのかを、契約段階で明確にしておくことが重要です。

PMI(Post Merger Integration)の全体像や実践ポイントについては、こちらで詳しく解説しています。

買い手にとってのデメリット

一方で、買い手にとってもリスクがあります。アーンアウトの評価期間中は、売り手経営者の経営判断に一定程度依存せざるを得ないため、買い手が想定する経営統合のスピードと、売り手が求める独立性のバランスを取ることが難しい場合があります。また、業績目標の達成度をめぐって売り手との間で見解の相違が生じると、交渉や場合によっては紛争に発展し、時間とコストがかかることもあります。

さらに、アーンアウトの対価は、採用する会計基準や契約条件によって、取得原価・のれんの追加認識(日本基準)あるいは取得日時点の公正価値認識(IFRS)といった形で財務数値に影響を与えるため、買い手企業の財務状況によっては、この将来負担を適切に管理する体制が必要になります。

アーンアウト実行の流れとスケジュール

アーンアウトの契約締結からクロージングまでの流れを確認する経営者と専門家

アーンアウトを組み込んだM&Aは、通常の株式譲渡プロセスに加えて、評価期間中のモニタリングと精算のプロセスが加わります。おおまかな流れは以下のとおりです。

M&A全体の標準的な流れ(検討〜クロージング・PMI)を先に確認したい方はこちら

ステップ 内容 期間の目安
意向表明書(LOI)・基本合意書(MOU)の締結 譲渡対価の大枠、アーンアウトの適用可否について合意 1〜2カ月
デューデリジェンス(DD) 財務・法務・税務等の詳細調査を実施し、アーンアウトの評価指標を精査 1〜3カ月
最終契約書(DA)の締結 固定対価とアーンアウト条項(評価指標・評価期間・算定方法)を明文化 数週間〜1カ月
クロージング 株式譲渡の実行、固定対価の支払い 1日〜数週間
評価期間中のモニタリング 業績の進捗を定期的に報告・確認 1〜3年程度
アーンアウト対価の精算 評価期間終了後、業績達成度に応じて追加対価を支払い 評価期間終了後、数カ月以内

LOI(意向表明書)は買い手が譲渡条件の概要を示す書面、MOU(基本合意書)はその内容について両者が合意したことを確認する書面です。実務上、この段階でアーンアウトを適用するかどうかの大枠が決まることが多く、その後のDD(デューデリジェンス、対象会社の財務・法務・税務等を精査する調査)で、実際に採用する評価指標の妥当性が詳細に検討されます。なお、上表の期間はいずれも一般的な目安であり、案件の規模や、買い手候補が複数いる競争入札形式かどうかによって、実際の期間は前後します。

M&Aのデューデリジェンス(DD)の目的・流れ・費用については、こちらの記事で詳しく解説しています。

最終契約書(DA、ディフィニティブ・アグリーメント。株式譲渡契約書などの具体的な契約形態を含む、当事者間の最終的な合意内容を定める契約書の総称)には、表明保証(売り手が対象会社の状況について事実と相違ないことを保証する条項)と並んで、アーンアウトの具体的な算定方法・評価期間・支払い条件が明記されます。クロージング後は評価期間の終了まで、通常は四半期や半期ごとに業績の進捗を確認するモニタリングが行われ、期間満了後に精算が実施されます。

対価の相場観と配分の考え方

固定対価とアーンアウト部分の配分バランスを検討する経営者

アーンアウトを含む譲渡対価全体のうち、固定部分と変動部分(アーンアウト部分)の配分比率に、法令上や統計上の統一的な基準はありません。実務上は、対象会社の業種・成長段階・評価の不確実性の大きさによって個別に交渉され、決定されます。

一般的な傾向として、業績の変動が比較的小さく、評価の不確実性が低い成熟企業では、固定部分の比率を高く設定する交渉がなされやすい一方、成長途上のスタートアップや新規事業の比重が大きい企業では、変動部分(アーンアウト部分)の比率が相対的に高くなる傾向があります。ただし、これはあくまで実務上の傾向であり、個別の交渉結果によって大きく異なる点に留意が必要です。

企業価値評価そのものについては、DCF法(将来キャッシュフローの割引現在価値による評価)、EBITDAマルチプル法(類似上場企業の倍率を用いる評価)、純資産法(貸借対照表上の純資産をベースにした評価)など複数の手法が併用されるのが一般的です。アーンアウトの対価水準は、これらの評価手法によって算出された企業価値と、売り手・買い手双方の交渉力のバランスの中で決定されます。具体的な金額水準を一律に提示することは適切ではないため、譲渡を検討する際は、自社の状況に応じた評価を専門家に個別に依頼することが望ましいといえます。

企業価値評価(バリュエーション)の3つの方法については、こちらで詳しく解説しています。

また、アーンアウトの対価配分を検討する段階では、仲介会社・FAへの成功報酬(一般的にレーマン方式と呼ばれる、譲渡金額に応じた料率テーブルで算定される報酬体系)が、固定部分・変動部分のどちらを基準に算定されるのかも確認しておくべき点です。中小M&Aガイドライン第3版では、レーマン方式の料率テーブルや最低報酬額についても契約締結前の書面説明が求められていますが、アーンアウト部分を報酬算定の基準に含めるかどうかは契約によって異なるため、個別に確認しておくと、想定外の負担を避けやすくなります。

アーンアウトの会計処理と税務上の注意点

アーンアウトの会計処理と税務上の注意点を税理士に相談する経営者

アーンアウトは、会計処理・税務処理の観点でも通常の株式譲渡と異なる取り扱いが必要になるため、事前に押さえておくべきポイントを整理します。

日本基準における会計処理

日本の会計基準(企業結合に関する会計基準第27項1号)では、アーンアウトのような条件付取得対価について、企業結合日(取得日)の時点でその全額を公正価値評価して取得原価に織り込むのではなく、将来その交付が確実となり、時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれん(またはのれんの減額)を追加計上する扱いが原則です。これは、後述するIFRS(国際財務報告基準)が取得日時点で条件付対価を公正価値測定するのとは対照的な考え方であり、日本基準では取得日時点では条件付対価を認識しない点に注意が必要です。追加認識するのれんは、企業結合日時点で認識されたものと仮定して計算され、それまでの期間に対応する償却額・減損損失額は追加認識した事業年度の損益として処理されます。買収対価と対象会社の識別可能純資産との差額である「のれん」の会計処理は、アーンアウト部分の確実性の判断時期によって金額が変動する点に注意が必要です。日本基準では、のれんは原則として20年以内の一定期間で規則的に償却する処理が求められます。

IFRS(国際会計基準)における会計処理の違い

IFRS(国際財務報告基準)を採用する企業がアーンアウトを含む買収を行う場合、会計処理の考え方が日本基準と異なります。IFRSでは、アーンアウトのような条件付対価は原則として取得日時点で公正価値により測定し、M&A対価の一部として認識します。その後の公正価値の変動は、資本取引に該当する場合を除き、原則として損益として処理される点が日本基準との大きな違いです。また、のれんについても規則的な償却を行わず、少なくとも年1回、および減損の兆候が見られた場合に減損テスト(資産価値が帳簿価額を下回っていないかを検証する手続き)を実施する取り扱いが採られています。買い手が上場企業・外資系企業・PEファンド(未上場企業への投資を行う投資ファンド)である場合は、この会計処理の違いが財務的な影響として現れやすいため、売り手側としても、買い手がどちらの会計基準を採用しているかを把握しておくことが望ましいといえます。

税務上の留意点

個人株主が株式譲渡によってアーンアウト対価を受け取る場合、一般には譲渡所得として申告分離課税の対象となりますが、アーンアウト部分をいつの譲渡所得として認識するか、取得費をどう配分するかは、契約内容や算定方法によって取り扱いが異なり得るため、一律に断定することはできません。国税庁のタックスアンサー(No.1463)によれば、株式等の譲渡益にかかる税率は20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)です。なお、復興特別所得税は2013年から2037年までの時限措置である点も押さえておくとよいでしょう。

アーンアウトの場合、対価の受け取り時期がクロージング時と評価期間終了後の複数回に分かれるため、確定対価か条件付対価かという契約上の位置づけによって、譲渡年に一括して譲渡所得を認識するケースと、将来の受取時点で追加的に認識するケースなど、取り扱いが分かれ得ます。税務上の判断は専門性が高く、誤った理解のまま契約を進めると想定外の税負担が生じるおそれがあるため、契約締結前に税理士等の専門家へ個別に確認することを強くおすすめします。

契約条項設計時の実務チェックリスト

契約条項の確認事項をチェックリストで一つずつ確認する経営者

アーンアウト条項を契約書に盛り込む際、トラブルを未然に防ぐために確認しておきたいポイントを整理しました。契約交渉に入る前のチェックリストとして活用してください。

  • 評価指標(売上高・EBITDA・非財務指標など)の定義が、会計基準・算定方法まで含めて具体的に明文化されているか
  • 評価期間の長さと起算日・終了日が明確に定められているか
  • 業績目標が未達だった場合の取り扱い(対価がゼロになるのか、段階的に減額されるのか)が明記されているか
  • 評価期間中の経営方針(設備投資・人員配置・事業戦略の変更等)について、売り手の関与や事前協議の余地がどの程度確保されているか
  • 買い手都合による事業方針の変更(M&A後の組織再編、他事業への統合など)が業績目標の達成に影響した場合の救済規定があるか
  • モニタリングの頻度・方法(報告書の様式、監査の有無等)が具体的に定められているか
  • 精算時期と支払い方法(一括か分割か、支払いの担保があるか)が明確にされているか
  • 対価の算定・支払いをめぐって見解の相違が生じた場合の紛争解決手続き(第三者機関による鑑定等)が定められているか

これらの項目は、契約書のドラフト段階で弁護士・税理士などの専門家とともに確認することが望ましく、特に評価指標の定義の曖昧さは、実行後のトラブルの最も大きな原因になりやすい点として留意してください。

業種別に見るアーンアウトの活用パターン

業種によって異なるアーンアウトの評価指標を比較検討する経営者

アーンアウトの設計は、業種や事業特性によって重視される評価指標や運用のポイントが異なります。ここでは代表的な業種における一般的な傾向を紹介します。

IT・SaaS業界では、月次経常収益(MRR)や契約継続率(一定期間において契約を継続した顧客の割合を示す指標で、解約率と表裏の関係にある)といった非財務指標が重視される傾向にあります。これは、SaaS型のビジネスモデルでは、単年度の売上高や利益よりも、顧客基盤の安定性・成長性が企業価値の本質を左右するためです。富士経済グループ(富士キメラ総研)が2025年9月3日に発表した「企業向けソフトウェア53品目」の国内市場調査によれば、SaaS・PaaS関連製品を含む調査対象53品目の合計市場規模は、2025年度に3兆円を超える見込みとされており、この分野のM&A案件においては、将来の成長性を対価に反映させる手段としてアーンアウトが検討されやすい傾向にあります。

製造業やサービス業のように、比較的安定した収益構造を持つ業種では、営業利益やEBITDAなど、決算書から確認できる財務指標を用いた設計が中心になります。評価の客観性が確保しやすい反面、既存事業の成長余地が限られる場合には、アーンアウトによる追加対価の水準も相対的に抑えられる傾向があります。

創薬・医療機器などの研究開発型企業では、財務指標だけでなく、規制当局からの承認取得や臨床試験の進捗といった非財務的なマイルストーンを評価指標に組み込むケースが見られます。これは、開発の進捗段階によって企業価値が大きく変動する業種特性を反映したものです。

建設業や不動産業のように、許認可や技術者の在籍要件が事業継続の前提となる業種では、財務指標に加えて、有資格者の継続在籍や許認可の維持状況といった非財務的な要素が、間接的に評価指標へ影響することがあります。こうした業種では、譲渡後の体制変更が事業運営そのものに直結しやすいため、アーンアウトの評価期間中に売り手経営者や技術者が引き続き関与できる体制を確保しておくことが、業績目標の達成可能性を左右する重要な要素になります。

いずれの業種においても、対象会社の事業特性を十分に理解した専門家とともに、適切な評価指標を選定することが、アーンアウトを成功させる前提条件になります。

海外(米国・欧州)とのアーンアウト実務の違い

海外とのアーンアウト実務の違いを踏まえてクロスボーダーM&Aを検討する経営者

アーンアウトは、もともと米国のM&A実務で広く発達してきた手法であり、国内での活用状況とは異なる点がいくつかあります。

米国のM&A市場では、成長初期段階のスタートアップを対象とするM&Aが活発であり、将来性を評価に織り込む手法としてアーンアウトが交渉プロセスに広く定着していると指摘されることがあります。また、売り手経営者が譲渡後も一定期間、買収企業の役員・幹部として経営に関与し続ける実務慣行が一般的であることも、アーンアウトとの親和性を高めている要因の一つとされています。ただし、日米間でアーンアウトの採用比率を横断的に比較した公的統計は限られているため、こうした傾向は実務家の経験則に基づく一般的な見方として理解しておくのが適切です。

欧州においても同様の傾向が見られますが、国によって契約実務や会計・税務上の取り扱いが異なるため、クロスボーダーM&A(国境をまたぐM&A)でアーンアウトを設計する際には、各国の法制度・会計基準の違いに加え、為替変動や送金規制、源泉税といった論点も絡むため、国際税務・国際法務に詳しい専門家の関与が不可欠です。

日本国内では、アーンアウト条項自体の認知度がまだ十分に高いとはいえず、米国ほど標準化された契約書のひな形や実務上の公表事例が豊富とはいえないのが実情です。そのため、国内企業同士の取引でアーンアウトを導入する際は、海外の実務慣行をそのまま持ち込むのではなく、国内の商慣習・税制・会計基準に即した形で契約条件を個別に設計することが重要になります。

アーンアウト終了後の事後評価とトラブル防止

評価期間終了後の業績達成度を専門家と共に確認する経営者

アーンアウトに関する解説は、契約締結時点までの留意点に焦点が当てられることが多い一方、評価期間が終了した後の事後評価やリスク管理については、十分に語られていない場合があります。しかし、実務上はこの段階こそが、アーンアウトの成否を左右する重要な局面です。

評価期間終了時には、まず契約書に定められた算定方法に基づき、実際の業績数値を第三者的な立場で確認するプロセスが必要になります。売り手・買い手双方が、それぞれ自社に有利な解釈をしがちな局面であるため、あらかじめ契約書に定めた監査・確認手続きを、感情的な対立を避けながら淡々と実行することが求められます。

業績目標が未達だった場合、その原因が「売り手の経営努力不足」によるものなのか、「買い手側の経営方針の変更」によるものなのかを切り分けて検証することも重要です。買い手が統合プロセス(PMI)の一環で組織再編や事業方針の転換を行った結果、業績目標の達成が困難になったケースでは、契約書に救済規定が設けられていないと、売り手が一方的に不利益を被る結果になりかねません。

また、精算後にトラブルが再燃しないよう、支払い完了の確認と、それに伴う清算条項(双方に債権債務が残存しないことを確認する条項)を契約書に盛り込んでおくことも、実務上の有効な対策です。評価期間中に生じた見解の相違を放置せず、定期的なモニタリングの段階から双方が丁寧にコミュニケーションを取ることが、事後のトラブルを防ぐ最も基本的な方法といえます。

よくある質問

アーンアウトの評価期間はどのくらいが一般的ですか?

案件によって幅がありますが、実務上は1年から3年程度に設定されることが多い傾向にあります。評価期間が長すぎると、業績変動の要因が複雑になり算定が難しくなる一方、短すぎると業績の実態を正しく反映できないおそれがあるため、対象会社の事業サイクルに応じて適切な期間を設定することが重要です。

アーンアウトとロールアップの違いは何ですか?

ロールアップとは、同業種の複数企業を連続的に買収・統合し、規模の経済やシナジーを追求する成長戦略・M&A手法を指します。これに対してアーンアウトは、個別の譲渡取引における対価の支払い方法に関する条項であり、両者は異なる概念です。ロールアップ戦略の一環として行われる個別の買収案件に、アーンアウト条項が組み込まれることはあります。

アーンアウトの対価が未達成だった場合、交渉の余地はありますか?

契約書の内容によります。多くの場合、契約締結時に定めた算定方法に基づいて機械的に金額が確定しますが、買い手側の経営方針変更が業績未達の原因となった場合など、契約書に救済規定や再協議の余地が設けられているケースでは交渉の余地があります。契約締結前に、こうした想定外の事態への対応方法を盛り込んでおくことが重要です。

アーンアウトはどのような規模のM&Aでも活用できますか?

企業規模を問わず理論上は活用可能ですが、実務上は、企業価値評価の不確実性が大きい案件(成長途上のスタートアップ、業績変動の大きい業種など)で検討されることが多い傾向にあります。評価が比較的容易な成熟企業の小規模な譲渡では、シンプルな一括対価の取引が選ばれることも少なくありません。

アーンアウトの交渉は誰に相談すればよいですか?

M&A仲介会社やFA(フィナンシャル・アドバイザー)、弁護士、税理士など、それぞれの専門領域に応じた専門家への相談が基本になります。ただし、仲介会社やFAは基本的に成約を前提とした立場でアドバイスを行うため、契約条件がご自身にとって本当に妥当かどうかを、成功報酬に依存しない中立的な立場から確認したい場合は、セカンドオピニオンという選択肢も検討に値します。

アーンアウトの評価指標には何を選べばよいですか?

対象会社の事業特性によって適切な指標は異なります。収益構造が比較的安定している業種では売上高やEBITDAなどの財務指標が中心になりますが、成長初期段階の事業や非財務的な要素が企業価値を左右する業種では、顧客数や契約継続率、開発の進捗といった指標が併用されることもあります。いずれの場合も、決算書等の客観的な資料から検証可能な指標を選び、算定方法まで契約書に明記しておくことがトラブル防止の基本です。

アーンアウト契約で最も注意すべき点は何ですか?

最も注意すべき点は、業績目標の達成が「売り手自身の努力だけでコントロールできる範囲」にあるかどうかです。買い手側の経営方針変更や組織再編など、売り手のコントロールが及ばない要因によって目標未達となるリスクは、契約書上の救済規定の有無によって結果が大きく変わります。評価指標の定義と合わせて、こうした不可抗力的な事態への対応方法まで契約前に確認しておくことが重要です。

まとめ

アーンアウトは、売り手と買い手の間にある企業価値評価のギャップを埋め、双方が納得できる譲渡条件に近づけるための実務的な手法です。売り手にとっては、将来の成長性を対価に反映できる可能性がある一方、業績目標が未達成であれば期待した対価を受け取れないリスクも伴います。また、評価指標の設定や算定方法の明文化が不十分な契約書では、評価期間終了後にトラブルが生じるおそれもあります。

アーンアウトを検討する際は、評価指標・評価期間・支払い条件を契約書上で具体的に明文化すること、そして業績目標の達成が自社の努力だけでコントロールできる範囲にあるかを冷静に見極めることが欠かせません。会計処理・税務上の取り扱いについても、専門家への個別確認が不可欠です。

アーンアウトは、企業価値評価のギャップを埋める有効な手段である一方、その設計次第で売り手・買い手いずれにも大きな影響を及ぼす契約形態でもあります。仲介会社やFAから提示された条件をそのまま受け入れるのではなく、条項の一つひとつが自社にとってどのような意味を持つのかを理解した上で、納得できる形で契約を締結することが、譲渡後の後悔を避けるための最も確実な方法といえます。

自社にとってアーンアウト条項を含む譲渡条件が本当に妥当なものか、契約締結前に一度立ち止まって確認したいという方は、成功報酬に依存しない中立的な立場からの意見を活用する方法もあります。


監修者:森沢雄太 一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会 代表理事。日本M&Aセンター出身。M&A成約実績100件超。売り手に寄り添う中立的な立場から、M&A・事業承継に関する助言を行う。

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