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M&Aのクロージングとは?条件・当日の流れ・必要書類

「M&Aの最終契約書に署名したので、これで取引は完了したはずだ」——そう考えていたところ、仲介会社やアドバイザーから「クロージングの手続きが必要です」と言われ、戸惑った経験を持つ経営者は少なくありません。最終契約の締結は、あくまで売り手・買い手双方が取引条件に合意したことを意味するに過ぎず、実際に株式や事業が移転し、対価が支払われるまでには、もう一段階の手続きが残っています。それがクロージングです。
特に、契約締結からクロージングまでに一定の期間が設けられる案件では、「なぜすぐに取引が完了しないのか」「この期間に何を準備すればよいのか」「土壇場で取引が白紙に戻ることはあるのか」といった不安を抱く経営者も多いのが実情です。クロージングの意味や必要な準備を正しく理解しないまま最終契約に臨むと、直前になって想定外の書類対応に追われたり、前提条件を満たせずに取引が延期・中止になったりするリスクも否定できません。
そこで本記事では、M&Aにおけるクロージングの基本的な意味から、契約締結日との違い、前提条件、必要書類、当日までの流れ、費用、クロージング後に取り組むべきPMI(統合プロセス)まで、M&A・事業承継の基礎知識を調べている売り手経営者の目線で網羅的に解説します。
この記事の監修者

森沢 雄太
一般社団法人
M&Aセカンドオピニオン協会
代表理事
外資系銀行でのウェルスマネジメント業務を経て、日本M&Aセンターに入社。譲渡側アドバイザーとして100件超の成約に関与し、野村證券出向や福岡支店立ち上げも経験。2018年に日本投資ファンド立ち上げに参画し、投資先の再生にも成功。2022年、合同会社M&Aプレップを創業し、仲介会社・ファンドへの支援やオーナー向け売却準備、買収支援など幅広く展開。2024年には売却支援事業拡大のため株式会社企業経営支援機構を設立し代表に就任。加えて、M&Aにおける利益相反や情報格差の是正を目的とし、代表理事として一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会を設立。
M&Aのクロージングとは?基本的な意味と位置づけ

M&Aにおけるクロージング(Closing)とは、最終契約書(DA:Definitive Agreement)に定めた内容に従い、譲渡対価の支払いと、株式や事業の移転といった取引の実行行為を完了させ、M&A取引を法的に完結させる最終手続きを指します。日本語では「決済」や「取引実行」と表現されることもあります。
M&A全体の意味や流れをあらためて確認したい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。

M&Aのプロセスは、大きく分けると「合意形成の段階」と「実行の段階」の2つに分かれます。意向表明書(LOI)や基本合意書(MOU)の取り交わし、デューデリジェンス(DD:買収監査。対象会社の財務・法務・税務等のリスクを買い手が調査する手続き)を経て、売り手・買い手の双方が最終契約書に署名した時点は、あくまで「合意形成の段階」が完了したことを意味します。これに対してクロージングは、その合意を実際に履行する「実行の段階」であり、株式譲渡では譲渡制限の有無や株券発行会社かどうかに応じた株主名簿の書換え等の手続と譲渡代金の着金が、事業譲渡では資産・契約上の地位の移転と対価の支払いが、このタイミングで具体的に行われます。
多くの経営者が誤解しやすい点として、「最終契約書に署名した時点で取引は完了する」というイメージがあります。しかし実務上は、最終契約の締結とクロージングの間に一定の準備期間が置かれるケースが少なくありません。この期間は、契約書に定めた前提条件(クロージング・コンディション)を満たすための猶予期間であり、許認可の取得や主要取引先からの同意取得など、取引の実行に不可欠な条件を整えるために使われます。逆に言えば、クロージングが完了するまでは、法的にはまだ株式や事業の移転は生じておらず、取引が白紙に戻る可能性もゼロではありません。売り手経営者としては、最終契約の締結をゴールと捉えるのではなく、クロージングの完了こそが取引の真の完了地点であると認識しておくことが重要です。
M&Aプロセス全体の流れの中でクロージングがどこに位置するかを整理すると、意向表明書(LOI)の取り交わし、基本合意書(MOU)の締結、デューデリジェンス(DD)の実施、最終契約書(DA)の締結、前提条件充足のための準備期間を経て、クロージングに至り、その後にPMI(統合プロセス)へと移行するという流れになります。クロージングは、このプロセス全体の中では終盤に位置する手続きですが、株式や事業という会社の根幹をなす資産が実際に移転する瞬間であるという点で、法的・実務的な重みは他のどの段階よりも大きいといえます。売り手経営者にとっては、交渉や条件調整に意識が向きがちな最終契約締結までの段階だけでなく、その先にあるクロージングの実務まで見据えて準備を進めることが、譲渡後の後悔を避けるうえで欠かせません。
契約締結日とクロージング日の違い

M&A取引の進め方には、大きく分けて「最終契約の締結とクロージングを同日に行う方式」と「最終契約の締結から一定期間を置いてクロージングを行う方式」の2つのパターンがあります。実務ではそれぞれ「サイン・アンド・クローズ」「サイン・アンド・ウェイト」などと呼ばれることもありますが、呼称自体に法的な定義があるわけではありません。
比較的小規模で前提条件の少ない案件では、契約締結と同時にクロージングまで完了させるケースが一般的です。一方、許認可の取得や独占禁止法上の届出、主要取引先からの同意取得など、時間を要する前提条件がある案件では、最終契約の締結からクロージングまでに数週間から数ヶ月程度の期間が設けられます。この期間中に、対象会社の業績が急変したり、デューデリジェンスで把握できなかった重大なリスクが判明したりすると、最終契約の修正協議や、場合によっては契約の解除に至るリスクもあるため、売り手としても油断のできない期間となります。
この違いを理解するうえで欠かせないのが、M&Aプロセス各段階の書面の役割です。意向表明書(LOI:Letter of Intent)は、買い手候補が「この条件で買収を検討したい」という意思を示す書面であり、法的拘束力を持たないのが一般的です。基本合意書(MOU:Memorandum of Understanding)は、LOIをもとに売り手・買い手双方が大枠の取引条件について合意した段階で取り交わされる書面で、独占交渉権や秘密保持義務など一部の条項にのみ法的拘束力を持たせるのが通例です。これに対して最終契約書(DA)は、デューデリジェンスの結果を踏まえて取引条件を確定させ、法的拘束力を持たせた契約書であり、この締結をもって初めて当事者は取引実行の義務を負います。クロージングは、このDAに基づく義務を実際に履行する行為だと理解すると整理しやすくなります。
基本合意書(MOU)の締結タイミングや記載内容の詳細は基本合意書(MOU)で詳しく解説しています。
クロージングの前提条件(クロージング・コンディション)

最終契約書には通常、「クロージングの前提条件」または「クロージング・コンディション」と呼ばれる条項が定められています。これは、クロージングを実行するために満たさなければならない条件を列挙したものであり、この条件が満たされない限り、当事者はクロージングを実行する義務を負いません。
前提条件として代表的なものに、表明保証(Representations and Warranties)の真実性があります。表明保証とは、契約当事者が相手方に対し、一定の時点における契約対象の事実関係(財務状況、法令遵守状況、権利関係など)が真実かつ正確であることを表明し、保証する条項です。表明保証は最終契約締結時とクロージング時の両方の時点で行われるのが一般的で、クロージング時点においても表明保証の内容に重要な点で虚偽がないことが、前提条件の一つとして定められます。万一、クロージング時点で表明保証違反が判明した場合、買い手はクロージングの実行を拒否できる場合があります。
表明保証の基本的な考え方や違反時の対応については表明保証で詳しく解説しています。
そのほか、実務上よく設定される前提条件には以下のようなものがあります。
- 必要な許認可・登録の取得:建設業許可、宅地建物取引業免許など、事業内容によっては監督官庁の許可や届出の受理が前提条件となります。株式譲渡であっても、許可要件(役員の変更や実質的支配者の変更など)を満たしていることの確認が必要になる業種もあります。
- 主要取引先・金融機関からの同意取得:取引基本契約や融資契約に「チェンジ・オブ・コントロール条項」(経営権の異動時に契約解除・期限の利益喪失事由となる旨の条項)が含まれている場合、事前に取引先や金融機関から承諾を得ておく必要があります。
- キーマンの同意・誓約書の取得:対象会社の事業継続にとって重要な人物(キーマン)から、クロージング後も一定期間経営に関与し続ける旨の同意書や誓約書を取得することが前提条件とされる場合があります。この「ロックアップ」または「キーマン条項」は、売り手経営者やキーパーソンが対象会社に一定期間在籍し続ける義務を指すものであり、「同業他社への転職・起業を禁止する」競業避止条項とは別の概念である点に注意が必要です。
- 株主総会決議などの社内手続きの完了:事業譲渡のうち、譲渡する事業が「事業の全部」(会社法467条1項1号)または「事業の重要な一部」(同項2号)に該当する場合は、株主総会の特別決議が原則として必要です。467条1項2号は、譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1を超える「事業の重要な一部の譲渡」について株主総会特別決議を要求しており、帳簿価額が5分の1以下にとどまる場合は同号の適用対象から外れます(この基準は「事業の重要な一部の譲渡」の該当性判断に関するものであり、「事業の全部の譲渡」には適用されません)。ただし、何が「事業の重要な一部」に当たるかは、売上高・利益・従業員数などの量的要素と、当該事業が会社全体に与える影響といった質的要素を総合的に考慮して判断されるものであり、帳簿価額の5分の1基準だけで一律に決まるわけではありません。実際の該当性判断は案件ごとの事実関係に左右されるため、最終契約締結前に弁護士等の専門家へ個別に確認しておくと安心です。なお、株式譲渡の場合は会社の権利義務の主体に変更が生じないため、原則として譲渡会社側の株主総会決議は不要とされています。
会社分割によって事業を譲渡するスキームを選ぶ場合は、会社法467条ではなく、会社分割に関する別の規定(吸収分割契約の承認は会社法783条等、新設分割計画の承認は同804条等)に基づいて株主総会決議の要否が判断されます。会社分割にも、承継する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下であれば決議を省略できる「簡易分割」(吸収分割につき会社法783条2項、新設分割につき同804条2項)や、当事会社間の議決権保有割合が90%以上の支配関係にある場合に決議を省略できる「略式分割」(吸収分割につき同784条1項・785条1項等)といった例外が別途定められていますが、事業譲渡の簡易譲渡とは根拠条文も要件も異なる制度である点を混同しないよう注意が必要です。どのスキームを選ぶかによって前提条件として必要な社内手続きが変わってくるため、最終契約の段階で自社のスキームに即した手続きを確認しておくことが欠かせません。
大規模な企業結合の場合は、独占禁止法上の企業結合審査に基づく事前届出が前提条件となることもあります。公正取引委員会への届出が必要となるのは、株式取得の場合、取得会社側(取得会社が属する企業結合集団)の国内売上高合計額が200億円を超え、かつ株式発行会社(対象会社)側の国内売上高合計額が50億円を超えたうえで、議決権保有割合が20%または50%を新たに超える場合などが基準です。この基準に照らすと、対象会社側の売上高基準を満たさず独禁法上の届出義務が生じない中小企業のM&A案件も少なくありませんが、該当性は案件の規模や買い手の属性によって異なるため、買い手が一定規模以上の企業である場合は、念のため専門家に確認しておくと安心です。
表明保証についてもう一点押さえておきたいのは、「ディスクロージャーレター」(開示書面)と呼ばれる書面の役割です。売り手は、表明保証の対象となる事項のうち、あらかじめ把握している例外事項(訴訟係属中の案件、未解決の契約違反など)をディスクロージャーレターに具体的に記載して買い手に開示することで、当該事項については表明保証違反の責任を負わない扱いとするのが一般的な実務です。開示すべき事項を漏れなく整理しておくことは、クロージング後に想定外の補償請求を受けるリスクを抑えるうえでも重要な準備作業です。
クロージングに必要な書類

クロージングでは、前提条件の充足を証明する書類、対価の支払いや権利移転を実行するための書類など、多岐にわたる書類が必要になります。準備主体ごとに整理すると、以下のようになります。
| 準備主体 | 主な書類の例 | 目的・役割 |
|---|---|---|
| 売り手が用意する書類 | 印鑑証明書、株主名簿の写しまたは株主名簿記載事項証明書、取締役会議事録・株主総会議事録、表明保証に関する誓約書、株式譲渡承認通知書(譲渡制限株式の場合) | 会社の意思決定の適法性を証明し、株式・議決権の移転手続きに用いる |
| 買い手が用意する書類 | 資金証明・送金指示書、取締役会承認議事録、対価の支払いに関する書類 | 対価の支払い能力と社内承認手続きを証明する |
| 双方が共同で作成する書類 | クロージング証明書(前提条件の充足を相互に確認する書面)、最終契約書の付属書類、譲渡代金の受領確認書 | 取引実行の完了を客観的に記録し、後日のトラブルを防止する |
このほか、譲渡対象に不動産が含まれる場合は登記関係書類、許認可事業の場合は許認可の名義変更・承継に関する届出書類など、対象会社の事業内容に応じて追加の書類が必要になります。書類に不備があるとクロージング日当日の手続きが完了しないおそれもあるため、事前に仲介会社・FA(フィナンシャル・アドバイザー)や司法書士と一覧を作成し、余裕を持って準備を進めることが望ましいといえます。
特に売り手側が用意する書類の多くは、株主総会や取締役会といった社内の意思決定プロセスを経て初めて作成できるものです。株主が複数名いる会社では、株主名簿の整備や必要な承認取得、議事録作成などに想定以上の時間がかかることもあるため、クロージング日から逆算して、いつまでに社内手続きを終えておく必要があるかを早い段階で確認しておくとよいでしょう。また、印鑑証明書についても、法令上一律の有効期限が定められているわけではないものの、提出先の金融機関や登記実務上「発行後3ヶ月以内」等の取り扱いが求められることが多いため、取得のタイミングにも注意が必要です。
契約締結からクロージングまでの流れとスケジュール

最終契約の締結からクロージング完了までの一般的な流れを、期間の目安とあわせて整理すると、以下のようになります。あくまで実務上の目安であり、案件の規模や前提条件の内容によって大きく変動する点に留意してください。
| 段階 | 主な内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 最終契約の締結 | デューデリジェンスの結果を踏まえ、譲渡対価・前提条件・表明保証等を確定し契約書に署名 | — |
| 前提条件充足のための準備期間 | 許認可の取得、取引先・金融機関からの同意取得、キーマンの誓約書取得等 | 数週間〜数ヶ月程度 |
| クロージング前の最終確認 | 前提条件の充足状況の確認、必要書類の最終チェック、資金移動の段取り確認 | 数日〜1週間程度 |
| クロージング当日の手続き | 関係者の署名・押印、対価の着金確認、株主名簿の書き換え等 | 当日 |
| クロージング後の対応 | 登記変更手続き、取引先・従業員への通知、PMI(統合プロセス)の開始 | クロージング後数日〜 |
前提条件がほとんどない小規模な案件では、最終契約の締結と同日にクロージングまで完了することもあります。一方、許認可の取得や独禁法上の届出が絡む案件では、準備期間だけで数ヶ月を要することもあるため、経営者としては「最終契約を締結すればすぐに現金化できる」という前提でスケジュールを組まないよう注意が必要です。
なお、クロージング当日は複数の手続きを同一日に集中して行うため、時間の使い方にも段取りが求められます。関係者が一堂に会して契約書等への署名・押印を行う形式もあれば、司法書士や仲介会社が間に入り、書類のやり取りと対価の着金確認をもってクロージング完了とする形式もあります。譲渡代金の着金確認は、着金予定日の金融機関の営業時間や、複数の金融機関をまたぐ場合の着金タイミングのずれも考慮しておく必要があるため、当日になって慌てないよう、事前に仲介会社・FAと具体的な段取りをすり合わせておくことが望ましいといえます。
クロージングができない場合とその対策

前提条件が期限までに満たされない場合、クロージングを予定通りに実行できないことがあります。実務上よく見られる典型例としては、以下のようなケースが挙げられます。
第一に、前提条件そのものが充足できないケースです。必要な許認可が予定より遅れて取得できない、主要取引先からの同意が得られない、キーマンが誓約書への署名を拒んだ、といった事態が該当します。第二に、最終契約締結後にデューデリジェンスで把握できなかった重大な事実が発覚したり、対象会社の業績が急激に悪化したりするケースです。契約書に「重大な悪影響(MAC:Material Adverse Change)」に関する条項が設けられている場合、こうした事態が生じるとクロージングの前提条件が満たされないと判断され、買い手がクロージングの実行を留保・拒否できることがあります。第三に、買い手側の資金調達が計画通りに進まないケースも、クロージングが実行できない典型的な要因の一つです。
こうした事態への対策としては、まず最終契約書の段階で、前提条件が満たされなかった場合の取り扱い(クロージング期限の延長、契約解除、違約金の有無等)を明確に定めておくことが基本になります。なお、前提条件の一部が未充足であっても、その内容が軽微なものであれば、当事者双方の合意により条件を放棄(ウェイブ)してクロージングを進めることも実務上は少なくありません。前提条件の不充足が直ちに取引の中止を意味するわけではない点も、あわせて理解しておくとよいでしょう。あわせて、前提条件の充足状況を、担当者任せにせず経営者自身が定期的に把握し、遅延の兆候があれば早期に仲介会社やアドバイザーと対応を協議することも重要です。特に、主要取引先からの同意取得やキーマンの説得など、売り手側の努力次第で状況が左右される前提条件については、最終契約締結前の段階から見通しを立てておくことで、直前になって取引が頓挫するリスクを減らすことができます。
万が一クロージングが実行できずに契約が解除に至った場合、売り手にとっては、取引先や従業員に対してすでに何らかの説明を行っていたケースなど、対外的な信用面での影響が生じることもあります。こうした事態を避けるためにも、前提条件のうち特に不確実性の高い項目(主要取引先の同意、許認可の取得可否など)については、最終契約の締結前、可能であればデューデリジェンスの段階から見通しを確認しておき、実現可能性の低い前提条件を安易に契約書へ盛り込まないことも、実務上の重要な対策の一つです。
契約条件や前提条件の設計が自社にとって過度に不利なものになっていないか、契約締結前の段階で気になる方は、成功報酬に依存しない中立的な立場から確認しておくのも一つの方法です。
M&Aセカンドオピニオンの活用法や相談先の選び方については以下の記事をご覧ください。

クロージングにかかる費用・専門家報酬の目安

クロージングの実行そのものに直接かかる費用としては、登記手続きに伴う登録免許税や司法書士報酬が挙げられます。印紙税については、株式譲渡契約書は印紙税法上の課税文書に該当せず、原則として印紙の貼付は不要とされています(ただし契約書に売買代金の受領事実を記載した場合など、記載内容によっては別途課税文書に該当することもあります)。一方、事業譲渡契約書や不動産の譲渡を伴う契約書は印紙税法上の課税文書に該当し、印紙税が必要になるのが一般的です。譲渡スキームによって印紙税の要否が異なる点は誤解されやすいため、事前に司法書士や税理士に確認しておくことが望ましいといえます。
株式譲渡の場合、代表取締役や役員の変更を伴わなければ登記手続きそのものは発生しないこともありますが、役員変更を伴う場合は定額の登録免許税と司法書士への手続き報酬が発生します。本店移転や増資を伴う場合、あるいは事業譲渡や会社分割で不動産の所有権移転登記が生じる場合は、資本金の額や不動産の固定資産税評価額を課税標準とした登録免許税が別途必要になり、登記の種類によって計算方法が異なります。対象資産の規模によっては相応の金額になることもあるため、譲渡スキームを検討する段階からおおよその負担感を把握しておくと安心です。
M&A取引全体でみると、クロージングを含む一連の手続きを支援するM&A仲介会社・FAへの成功報酬が、費用の中心を占めることが一般的です。成功報酬の算定方法として広く用いられているのが「レーマン方式」と呼ばれる考え方で、譲渡金額を一定の金額帯(階層)に区切り、階層ごとに定められた料率をそれぞれ適用して合算する方式です。譲渡金額全体に単一の料率を掛けるのではなく、金額が大きい階層ほど段階的に低い料率が適用される点が特徴です。ただし、レーマン方式には、株式価値のみを基準とする方式や、株式価値に負債総額を加えた「移動総資産」を基準とする方式など複数の考え方があり、どの基準を採用するかによって同じ料率でも報酬額が変わるため、契約前に算定基準を必ず確認する必要があります。
レーマン方式による手数料の算定の仕組みは以下の記事で詳しく解説しています。

中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版、2024年8月30日公表。登録M&A支援機関には2025年1月1日から遵守対応が求められています)では、仲介者・FAが契約締結前に書面で説明すべき事項が明示されており、手数料の算定方法・料率テーブル・最低報酬額のほか、仲介者・FAの違いや提供業務の範囲、契約終了後一定期間の成功報酬請求権に関するテール条項なども説明対象に含まれます。「仲介手数料がいくらになるか分からないまま契約を進めてしまった」という事態を避けるためにも、契約締結前にこれらの説明を書面で受け、料率や算定基準に納得したうえで契約を結ぶことが重要です。
クロージング後に取り組むPMI(統合プロセス)

クロージングが完了すると、法的な取引は完結しますが、M&Aの本来の目的である企業価値向上やシナジーの実現は、むしろクロージング後から始まります。この、クロージング後の統合プロセスは「PMI(Post Merger Integration)」と呼ばれ、経営体制・業務プロセス・企業文化などを統合し、M&Aの効果を最大化するための取り組みを指します。
PMI(統合プロセス)の全体像や実践ポイントについては以下の記事で詳しく解説しています。

中小企業庁は、中小企業のM&AにおいてPMIの重要性が十分に認識されていない実態を踏まえ、2022年3月に「中小PMIガイドライン」を策定しました。同ガイドラインは、経営資源に制約のある比較的小規模な企業でも取り組みやすい内容を整理した「基礎編」と、より高度な統合施策に挑戦したい企業向けの「発展編」で構成されており、クロージング直後に取り組むべき初期対応から、中長期的な組織・制度の統合まで、段階的な進め方が示されています。
売り手経営者にとって特に重要なのは、クロージング直後の対応です。従業員への説明、取引先への通知、社内システムの移行など、クロージングをまたいで滞りなく事業を継続させるための実務対応は、事前に買い手側とすり合わせておく必要があります。特に、事業承継を目的とした譲渡の場合、売り手経営者自身が一定期間、引き続き経営に関与するケースも多いため、クロージング前の段階からPMIの進め方について買い手側と具体的にすり合わせておくことが、譲渡後のトラブルを避けるうえで有効です。
とりわけ従業員への告知タイミングは、慎重な判断が求められる論点です。クロージング前に情報が漏れると、事業運営や交渉自体に悪影響を及ぼすリスクがある一方、クロージング後の告知が遅れすぎると、従業員が変化を受け入れる準備の時間が不足し、キーパーソンの離職につながるおそれもあります。買い手側と告知の時期・伝え方について事前にすり合わせ、クロージング日を境にどのタイミングで誰に何を伝えるかを整理しておくことが、PMIを円滑に進めるための第一歩になります。
クロージングで注意すべき法務・税務上のポイント

クロージングに関連する法務面の注意点として、まず登記手続きが挙げられます。株式譲渡は会社の権利義務の主体そのものには変更を生じさせないため、株式譲渡それ自体によって当然に代表者や役員の変更登記が必要になるわけではありませんが、買収後の経営体制の見直しに伴って役員変更が行われる場合は、その都度変更登記が必要になります。事業譲渡や会社分割で不動産や知的財産権の移転を伴う場合は、法務局への変更登記や移転登記が必要になります。これらの登記手続きは、クロージング後速やかに行うのが一般的です。
個人情報の取り扱いにも注意が必要です。個人情報保護法27条5項2号により、事業譲渡や合併等の事業承継に伴う個人データの提供は、原則として「第三者提供」には該当せず、本人の同意なく承継先へ引き継ぐことが認められています。ただし、これはあくまで承継に伴う移転についての例外であり、承継後に元の利用目的の範囲を超えて個人データを利用することは認められていません。個人情報保護委員会の解釈では、事業承継契約の締結前段階であっても、デューデリジェンスのために買い手候補へ個人データを提供する行為はこの「第三者提供」の例外の枠組みに含まれるとされています。もっとも、この場合も利用目的や取扱い方法、漏えい発生時の対応、交渉が不調に終わった場合の措置などについて、買い手候補との間で安全管理措置に関する契約上の手当てを別途講じておく必要がある点は変わりません。
税務面では、個人株主が株式譲渡によって得た譲渡益に対しては、上場株式・非上場株式のいずれについても、原則として申告分離課税として20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)が課されます。復興特別所得税は2013年から2037年までの時限措置である点も知っておくとよいでしょう。ただし、譲渡損失が生じた場合の損益通算や繰越控除の可否は上場株式か非上場株式かで扱いが異なるため、個別の税務判断は必ず税理士に確認してください。事業譲渡の場合は、譲渡益に対する法人税等に加え、譲渡資産の内容によっては消費税の課税対象となる資産(棚卸資産、機械設備等の有形固定資産、営業権など)が含まれることもあるため、対象資産の区分ごとに消費税の取り扱いを確認しておく必要があります。税務上の取り扱いは個別の状況によって大きく異なるため、最終的な判断は必ず税理士等の専門家に確認することが不可欠です。
独占禁止法上の届出が必要な案件では、法務面でもう一点注意すべき実務があります。公正取引委員会への届出後、原則として届出受理日から30日間はクロージングを実行できない「待機期間」が設けられており、この期間の経過後、排除措置命令を行わない旨の通知がなされる運用が一般的です。この待機期間は一定の要件を満たす場合には短縮されることがある一方、競争上の懸念が大きいと判断された案件では、より詳細な審査(いわゆる第二次審査)に移行し、待機期間がさらに延びる可能性もあります。前提条件の一つとしてこの待機期間の経過が定められている場合、スケジュールを組む際にはあらかじめこの点を織り込んでおく必要があります。もっとも、前述のとおりこの届出が必要になるのは一定規模以上の企業結合に限られるため、多くの中小M&A案件では該当しない点もあわせて押さえておくとよいでしょう。
国際M&Aにおけるクロージングの特殊性

売り手企業が海外企業に事業や株式を譲渡するクロスボーダーM&Aでは、国内M&Aのクロージングにはない特有の論点が生じます。上位表示している国内向けの解説記事では扱われることの少ないテーマですが、買い手候補に海外企業や外資系ファンドが含まれる案件では、あらかじめ押さえておく価値の高いポイントです。
まず、為替リスクへの対応です。譲渡対価が外貨建てで契約される場合、最終契約締結からクロージングまでの期間中に為替相場が変動すると、円換算での受取額が想定と異なる結果になる可能性があります。このリスクについては、対価の算定方法にあらかじめ為替変動幅を織り込む価格調整条項や、為替予約等のヘッジ手段によって対応が図られることがあります。なお、対価の一部を一定期間第三者機関(エスクロー・エージェント)にあらかじめ定めた条件のもとで預託し、表明保証違反等が生じなかったことを確認したうえで売り手に支払う「エスクロー」という仕組みも国際M&Aではしばしば用いられますが、これは主に表明保証違反等が判明した場合の補償原資の確保や支払いの確実性を担保することを目的とするものであり、為替リスクそのものへの直接的な対応策ではない点に留意が必要です。エスクローは国内の大型案件で利用されることもありますが、当事者間の信頼構築が難しいクロスボーダー案件では特に活用される傾向があります。
また、対内直接投資に該当する取引では、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく事前届出が必要になる業種があります。安全保障上重要とされる業種(防衛関連、電力・ガス等のインフラ関連、サイバーセキュリティ関連等、政令・告示で指定される業種)を含む場合は、財務大臣・事業所管大臣への事前届出と、一定の審査期間の経過がクロージングの前提条件となることがあります。届出の要否は、対象業種のほか、外国投資家の属性や取得する議決権の割合、免除制度の適用可否など複数の要素によって決まるため、該当性は個別に確認する必要があります。このほか、契約書の準拠法や紛争解決地の指定、言語の違いによる契約解釈のリスク、対象国の労働法制・許認可制度への対応など、国内案件にはない実務負担が生じる点も、クロスボーダーM&Aを検討する際に理解しておくべき論点です。
クロージング後のPMIについても、国際M&A特有の難しさがあります。国内企業同士のM&Aであれば言語や商習慣の壁は小さいものの、海外企業が買い手となる場合は、報告体制・意思決定プロセス・人事制度など、統合すべき対象が国内案件よりも広範囲に及びます。売り手経営者としては、クロージング後も一定期間経営に関与する予定がある場合、買収後の意思決定権限やレポートラインがどのように変わるのかを、クロージング前の段階である程度具体的にすり合わせておくことが、統合後の摩擦を減らすうえで有効です。
クロージングを成功させるための実務チェックリスト

クロージングを円滑に進めるために、売り手経営者があらかじめ確認しておきたい項目を整理すると、以下のとおりです。
- 最終契約書に定めた前提条件(クロージング・コンディション)の内容と、それぞれの充足状況を正確に把握しているか
- 表明保証の対象範囲と、クロージング時点で表明保証違反が生じないか、事実関係を再確認したか
- 主要取引先・金融機関から必要な同意を得る見通しが立っているか
- キーマンとなる役員・従業員から、必要な誓約書・同意書を取得できる見込みがあるか
- 必要な許認可・登録の取得スケジュールが、想定するクロージング日に間に合う見通しになっているか
- クロージング当日に必要な書類(印鑑証明書、議事録、譲渡承認通知書等)の準備状況を確認したか
- 譲渡対価の着金方法・タイミングについて、買い手側と具体的にすり合わせているか
- クロージング後の登記手続き、取引先・従業員への通知のタイミングを事前に整理しているか
- クロージング後のPMI(統合プロセス)の進め方について、買い手側と事前に方向性をすり合わせているか
- 契約条件や前提条件の内容が、自社にとって不利なものになっていないか、第三者の視点で確認する機会を持ったか
このチェックリストはあくまで一般的な項目の整理であり、実際の案件では業種や譲渡スキームに応じて確認すべき項目が追加で生じます。仲介会社・FAから提示される進行スケジュールを鵜呑みにせず、自社の状況に照らして一つひとつ確認する姿勢が、クロージング当日のトラブルを防ぐ最も確実な方法です。
よくある質問
クロージングにかかる期間はどのくらいですか?
案件の規模や前提条件の内容によって大きく異なります。前提条件がほとんどない小規模な案件では、最終契約の締結と同日にクロージングまで完了することもある一方、許認可の取得や取引先からの同意取得など複数の前提条件がある案件では、最終契約締結からクロージングまでに数週間から数ヶ月程度を要することもあります。
クロージングと「決済」は同じ意味ですか?
実務上はほぼ同じ意味で使われることが多い言葉ですが、「決済」は対価の支払いという金銭的な側面に焦点を当てた表現であるのに対し、「クロージング」は対価の支払いに加えて、株式や事業の移転手続き全体を含む、より広い概念として使われるのが一般的です。
クロージング後に問題が見つかった場合はどうなりますか?
クロージング後に、表明保証の内容が事実と異なっていたことが判明した場合、最終契約書に定められた補償条項に基づき、買い手が売り手に対して損害の補償を請求できる場合があります。補償の対象範囲や請求期限、上限額は契約書ごとに異なるため、最終契約締結時にこれらの条件を十分に理解しておくことが重要です。
クロージング日に売り手経営者は何をする必要がありますか?
クロージング当日は、契約書に定められた書類への署名・押印、対価の着金確認などを行うのが一般的です。株式譲渡の場合は、株主名簿の書換えや(株券発行会社であれば)株券の交付、譲渡制限の有無に応じた譲渡承認手続きなど、会社の定款・株券発行の有無によって必要な対応が異なるため、事前に司法書士等へ確認しておくとよいでしょう。案件によっては、売り手・買い手双方の関係者が一堂に会して手続きを行う場合もあれば、司法書士等の専門家を通じて書類のやり取りのみで完了する場合もあります。
前提条件が満たされないまま契約が失効することはありますか?
契約書に定めた期限までに前提条件が満たされない場合、契約当事者の一方または双方に契約を解除する権利が発生するよう定められているのが一般的です。ただし、解除の要件や違約金の有無は契約内容によって異なるため、最終契約を締結する段階で、前提条件が満たされなかった場合の取り扱いを明確にしておく必要があります。
エスクローとはどのような仕組みですか?
エスクローとは、譲渡対価の一部を第三者機関(エスクロー・エージェント)に一時的に預託し、あらかじめ定めた条件が満たされたことを確認したうえで支払いを実行する仕組みです。表明保証違反が生じた場合の補償原資を確保する目的などで用いられ、クロスボーダーM&Aや、当事者間の信頼関係構築が難しい大型案件で活用されることがあります。
クロージングにかかる費用は誰が負担しますか?
登録免許税や司法書士報酬などクロージングの実行に直接かかる費用は、対象となる登記や手続きの内容に応じて売り手・買い手いずれかが負担するか、案件ごとに契約で取り決めます。仲介会社・FAへの成功報酬については、依頼した側(売り手・買い手それぞれ)が自らの依頼先に支払うのが一般的な形ですが、報酬体系や負担割合は契約内容によって異なるため、契約締結前に必ず書面で確認しておく必要があります。
クロージング日を延期することはできますか?
最終契約書に前提条件の充足期限や、期限を延長できる旨の条項が定められていれば、当事者間の合意により延期することは可能です。ただし、延期には相手方の同意が必要になるのが通常であり、一方的な延期は契約違反とみなされるおそれもあります。延期が見込まれる場合は、早期に仲介会社やアドバイザーを通じて相手方と協議し、書面で合意内容を残しておくことが望ましいといえます。
クロージングの手続きは自分だけで進められますか?
クロージングには法務・税務・登記に関する専門的な手続きが含まれるため、司法書士・税理士・弁護士など各領域の専門家のサポートを受けながら進めるのが一般的です。あわせて、M&A仲介会社やFAから提示される契約条件やスケジュールが自社にとって本当に妥当かどうか、成功報酬に依存しない中立的な立場から確認したいという場合は、セカンドオピニオンの活用も選択肢の一つです。
クロージング前に条件面で不安がある場合はどうすればよいですか?
前提条件の内容や表明保証の範囲、費用の算定基準など、契約書の細部について少しでも疑問や不安がある場合は、署名前に必ず解消しておくことが重要です。仲介会社・FAに直接質問することに加えて、契約内容そのものが自社にとって妥当かどうかを、利害関係のない第三者の視点から確認しておくと、より納得したうえでクロージングに臨むことができます。
まとめ
M&Aのクロージングは、最終契約に定めた内容を実際に履行し、株式や事業の移転と対価の支払いを完了させる、取引の最終ステップです。最終契約の締結をもって取引が完了したと誤解しがちですが、実際には表明保証の充足確認、許認可の取得、主要取引先やキーマンからの同意取得といった前提条件をクリアして初めて、クロージングを迎えることができます。
契約締結からクロージングまでの期間は、案件によって当日で完了する場合もあれば、数ヶ月を要する場合もあります。この期間中に前提条件が満たせなくなると、クロージングの延期や、最悪の場合は契約解除に至るリスクもあるため、売り手経営者としては、必要書類の準備状況や前提条件の充足状況を、仲介会社任せにせず自ら把握しておくことが大切です。また、クロージング後にはPMI(統合プロセス)という次の重要なステップが控えており、クロージング前の段階から買い手側と進め方をすり合わせておくことが、譲渡後のトラブルを防ぐことにつながります。
M&Aの検討を始めたばかりの経営者にとって、クロージングは最終契約の締結よりもさらに先にある手続きであり、実感が湧きにくいテーマかもしれません。しかし、前提条件の設計や必要書類の準備は、最終契約を締結する段階、さらに言えば交渉の初期段階からある程度見通しを立てておくべき事柄です。クロージングという最終ステップを見据えたうえで交渉に臨むことが、結果として譲渡プロセス全体をスムーズに進めることにつながります。
最終契約の内容や前提条件の設計、費用の算定基準が自社にとって妥当なものかどうかを、契約締結前の段階で客観的に確認しておきたいとお考えの方は、成功報酬に依存しない中立的な第三者の意見を活用することも一つの方法です。
監修者:森沢雄太 一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会 代表理事。日本M&Aセンター出身。M&A成約実績100件超。売り手に寄り添う中立的な立場から、M&A・事業承継に関する助言を行う。