© 2026 M&Aプロ.
M&Aの目的とは?売り手・買い手それぞれの狙いと戦略を解説

「後継者がいないから、そろそろM&Aを検討したほうがいいのだろうか」「取引先や同業者からM&Aの話を持ちかけられたが、そもそも何のために行うものなのか分からない」——中小企業の経営者からは、こうした声をよく耳にします。
M&Aという言葉自体は広く知られるようになりましたが、「誰が」「何のために」行うものなのかを整理して理解している経営者は、実はそれほど多くありません。目的が曖昧なままM&Aの話を進めてしまうと、条件面で不利な交渉を受け入れてしまったり、譲渡後に後悔したりするケースも少なくないのが実情です。
M&Aの目的は、売り手側と買い手側でまったく異なります。さらに同じ売り手であっても、後継者問題を解決したいのか、創業者利益を確保したいのか、あるいは事業を再生させたいのかによって、最適な進め方や相手先の選び方は変わってきます。
そこで本記事では、M&Aの目的を売り手側・買い手側それぞれの視点から整理し、目的別のメリット・デメリット、手法の選び方、実際の流れや費用感、そして目的を見誤らないためのチェックポイントまで、経営者が最初に押さえておくべき情報を体系的に解説します。
この記事の監修者

森沢 雄太
一般社団法人
M&Aセカンドオピニオン協会
代表理事
外資系銀行でのウェルスマネジメント業務を経て、日本M&Aセンターに入社。譲渡側アドバイザーとして100件超の成約に関与し、野村證券出向や福岡支店立ち上げも経験。2018年に日本投資ファンド立ち上げに参画し、投資先の再生にも成功。2022年、合同会社M&Aプレップを創業し、仲介会社・ファンドへの支援やオーナー向け売却準備、買収支援など幅広く展開。2024年には売却支援事業拡大のため株式会社企業経営支援機構を設立し代表に就任。加えて、M&Aにおける利益相反や情報格差の是正を目的とし、代表理事として一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会を設立。
M&Aとは?目的を理解する前に押さえておきたい基礎知識

M&Aの目的を正しく理解するには、まずM&Aという言葉が指す範囲と、目的の全体像を押さえておく必要があります。漠然と「会社を売る・買う」というイメージだけで話を進めると、本来の目的とかけ離れた選択をしてしまうことがあるためです。
M&Aそのものの定義や手法・全体の流れについては、以下の記事で詳しく解説しています。

M&Aの定義と主な手法
M&A(Mergers and Acquisitions)とは、企業の合併・買収を意味する言葉で、広義には資本提携や業務提携までを含めた「複数の企業が経営資源を統合・再編する取り組み」全般を指します。中小企業の実務では、株式譲渡・事業譲渡・会社分割・合併・株式交換といった手法が用いられます。ただし必要となる法的手続きは手法ごとに異なり、株式譲渡は主に株式譲渡契約の締結と株主名簿の書き換えで対応できる一方、合併・会社分割・株式交換などの組織再編行為や、一定規模以上の事業譲渡には、会社法上の所定の手続き(契約・計画の作成、株主総会決議、債権者保護手続等)を踏む必要があります。
株式譲渡は会社の株式を譲渡することで経営権そのものを移転する手法で、事業譲渡は特定の事業や資産を選んで譲渡する手法です。両者は法的性質や税務上の取り扱いが異なるため、どの手法を選ぶかは目的によって変わります。手法の詳細は後述しますが、まず重要なのは「何のためにM&Aを行うのか」という目的を先に固めることです。目的が定まっていないまま手法選びから入ると、後々の交渉で軸がぶれる原因になります。
M&Aと聞くと、大企業同士の買収劇や敵対的買収といった報道のイメージを持つ経営者も少なくありませんが、中小企業のM&Aの多くは友好的な合意に基づくものです。売り手と買い手が対話を重ね、双方が納得できる条件をすり合わせながら進めるのが実務上の一般的な姿であり、目的をきちんと共有できる相手を見つけることが成約の第一歩になります。
M&Aの目的を整理する4つの視点
M&Aの目的は、大きく分けると次の4つの視点で整理できます。
- 事業の存続・承継:後継者不在などの理由で事業を存続させるための手段としてのM&A
- 企業成長・シナジーの獲得:新規事業への参入や技術・人材の獲得によって成長を加速させるための手段
- 資金・利益の確保:創業者利益の確保や資金調達、投資の早期回収を目的とするもの
- 経営基盤の再編・強化:不採算事業の整理や経営資源の最適化を目的とするもの
これらの視点は、売り手側・買い手側のどちらに立つかによって現れ方が異なります。また、M&Aと似た言葉として「資本提携」「業務提携」がありますが、これらは経営権の移転を伴わない緩やかな連携であり、経営権の移転(株式譲渡など)や事業そのものの移転(事業譲渡など)を伴うM&Aとは目的の重さが異なります。まずは「経営権や事業を動かすところまで踏み込むのか」という前提を確認したうえで、目的の整理に入ることが大切です。
次の章から、売り手側と買い手側、それぞれの具体的な目的を見ていきましょう。
【売り手側】M&Aを行う目的

売り手側がM&Aを検討する理由は一つではなく、経営状況や経営者自身のライフステージによって複数の目的が重なっているケースがほとんどです。代表的な目的を整理します。
後継者不在・事業承継問題の解決
売り手側の目的として最も多く挙げられるのが、後継者不在の解消です。帝国データバンクが2025年11月21日に公表した「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」によれば、国内企業の後継者不在率は50.1%と、依然として半数近くの企業が後継者未定の状態にあります。親族内に後継者がいない、あるいは従業員承継も難しいという状況において、第三者への譲渡(M&A)は事業を存続させるための現実的な選択肢の一つです。
M&Aによって第三者に経営を引き継ぐことができれば、廃業を回避しながら、従業員の雇用や取引先との関係、地域における事業の役割を維持できる可能性があります。特に技術力やノウハウ、長年築いてきた顧客基盤を持つ企業にとっては、廃業によってこれらが失われることを防げる点が大きな意味を持ちます。
経営基盤の強化と資金調達
自社単独での資金調達や事業拡大に限界を感じている場合、資本力のある企業の傘下に入ることで経営基盤を強化するという目的もあります。設備投資や人材採用に必要な資金を自力で確保するのが難しい局面において、M&Aは新たな資金源を確保する手段となり得ます。
また、買い手企業が持つ販路や仕入れネットワーク、システムなどの経営資源を活用できるようになることで、単独では実現しにくかった効率化や競争力の向上につながる場合もあります。特に、金融機関からの追加融資が難しい局面にある企業や、設備の老朽化・人材不足によって成長投資に踏み切れずにいる企業にとっては、資本力のある企業と組むことで事業の立て直しを図れる可能性がある点も、経営基盤強化を目的とするM&Aの特徴です。
創業者利益の確保と投資回収
長年かけて会社を育ててきた創業者にとって、M&Aは事業に投じてきた時間・労力・資金を回収する手段でもあります。株式譲渡によって会社を譲渡すれば、創業者は株式の対価として譲渡益を受け取ることができ、リタイア後の生活資金や次の事業への再投資資金として活用できます。
なお、個人株主が株式譲渡によって得た譲渡益には、申告分離課税により20.315%(所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%)の税率が適用されます(国税庁タックスアンサーNo.1463)。復興特別所得税は2013年から2037年までの時限措置である点も押さえておくとよいでしょう。税率や適用期間は今後の税制改正によって変更される可能性があるため、譲渡益の税務上の取り扱いを含め、具体的な試算は税理士に確認することをおすすめします。
スキームごとの税率や節税対策など、会社売却にかかる税金の詳細はこちらで解説しています。
個人保証・経営者保証からの解放
中小企業のオーナー経営者の多くは、金融機関からの借入に対して個人保証(経営者保証)を提供しています。M&Aによって会社を譲渡する際、買い手企業が金融機関との調整を行い、経営者保証を解除できるケースがあります。長年にわたって個人保証というリスクを背負い続けてきた経営者にとって、この解放は精神的な負担軽減という意味でも重要な目的となります。ただし、保証解除の可否や条件は個別の金融機関・契約内容によって異なるため、M&Aの初期段階から論点として意識しておく必要があります。
不採算事業の整理と経営再建
複数の事業を展開している企業では、特定の事業だけを切り出して譲渡する事業譲渡や会社分割を活用し、不採算部門を整理して本業に経営資源を集中させる目的でM&Aを行うこともあります。経営再建の一環として、事業の選択と集中を進める手段としてM&Aを位置づけるケースです。
このように、売り手側の目的は一つに絞られるとは限りません。後継者不在の解消を主目的としながらも、同時に創業者利益の確保や個人保証の解除も実現したい、というように複数の目的が併存するのが実務上は一般的です。優先順位をあらかじめ整理しておくことで、条件交渉の際に何を優先し、何を譲歩できるかの判断がしやすくなります。
【買い手側】M&Aを行う目的

買い手側の目的は、自社の成長戦略をどう実現するかという観点に集約されます。代表的な目的を見ていきましょう。
事業成長にかかる時間の短縮・新規事業への参入
新規事業をゼロから立ち上げる場合、市場調査・人材採用・許認可の取得・顧客基盤の構築など、多くの時間とコストがかかります。既存の事業基盤を持つ企業をM&Aによって取得すれば、こうしたプロセスを大幅に短縮でき、スピーディーに新規事業へ参入できます。特に許認可が必要な業種では、株式譲渡であれば法人格そのものは維持されるため、許認可や事業運営体制を維持しやすい傾向があります。一方、事業譲渡では許認可等が当然には承継されないことが多く、譲受側で個別に許認可を取り直す必要が生じる場合もあるため、手法選びの段階で事前に確認しておくことが重要です。
シナジー効果の獲得
シナジー効果とは、複数の企業が統合することによって単独では得られない相乗効果が生まれることを指します。例えば、買い手企業の販売網に売り手企業の商品を乗せることで売上が拡大したり、双方の技術を組み合わせることで新たな付加価値が生まれたりするケースが該当します。買い手企業がM&Aを検討する際には、対象企業とのシナジーがどの程度見込めるかが重要な判断材料となります。
人材・技術・ノウハウの獲得
自社に不足している専門人材や技術、ノウハウを、M&Aを通じて一括して獲得するという目的もあります。特に技術者の採用が難しい業界や、特定分野で長年の実績を持つ企業を取得することで、自社では時間をかけても獲得しにくい競争力を短期間で手に入れられる点が、買い手側にとっての大きな魅力です。
収益の安定化とリスク分散
単一事業への依存度が高い企業にとって、異なる業種・エリアの企業をM&Aによって取得することは、収益源を多角化し、市場変動に対するリスクを分散させる目的にもなります。特定の事業や地域の景況に業績が大きく左右される状態を避け、経営の安定性を高める狙いです。
このほか、後継者不在に悩む企業を譲り受けることで、その企業が持つ従業員や技術、取引先との関係を維持しながら事業を承継するという目的でM&Aを行う買い手企業も増えています。単なる事業拡大にとどまらず、地域や業界の事業基盤を存続させるという社会的な意義を目的の一つに据える買い手も見られます。
M&Aの目的別に見るメリットとデメリット

M&Aの目的を実現できるかどうかは、メリットとデメリットの両面を理解したうえで進められるかによって大きく左右されます。売り手・買い手それぞれの立場から整理します。
売り手のメリット・デメリット
| 項目 | メリット | デメリット・注意点 |
|---|---|---|
| 事業承継 | 廃業を回避し事業を存続できる | 希望する条件で相手が見つかるとは限らない |
| 資金面 | 創業者利益や譲渡対価を得られる | 想定より評価額が下がる可能性がある |
| 従業員 | 雇用の維持につながる場合がある | 買い手の方針次第で労働条件が変わることがある |
| 経営者保証 | 個人保証の解除交渉ができる場合がある | 保証解除には金融機関との調整が必要 |
| 経営権 | 精神的・身体的負担から解放される | 経営権や自由な意思決定権を失う |
買い手のメリット・デメリット
| 項目 | メリット | デメリット・注意点 |
|---|---|---|
| 成長スピード | 新規事業への参入時間を短縮できる | 統合後の運営に想定以上の手間がかかることがある |
| シナジー | 想定を上回る相乗効果が生まれることがある | 期待したシナジーが実現しない場合もある |
| 人材・技術 | 一括して専門人材やノウハウを獲得できる | 企業文化の違いから人材が流出するリスクがある |
| 財務 | 収益源の多角化・リスク分散ができる | 買収資金の負担やのれんの減損リスクを抱える |
| 統合プロセス | 経営資源を効率的に活用できる | PMI(統合プロセス)に相応の時間とコストがかかる |
いずれの立場においても、メリットだけを見て判断するのではなく、デメリットやリスクを事前に把握したうえで、目的に照らして「本当にM&Aが最適な手段か」を検討する姿勢が重要です。例えば、売り手が経営権を手放すことに強い抵抗がある場合は、株式の一部譲渡や資本業務提携など、M&A以外の選択肢も含めて比較検討する余地があります。目的を実現する手段はM&Aだけとは限らない、という前提を持っておくと、冷静な判断がしやすくなります。
目的によって選び方が変わるM&Aの手法・スキーム

M&Aの目的が定まったら、その目的を実現するのに適した手法(スキーム)を選ぶ段階に入ります。代表的な手法とその違いを整理します。
株式譲渡と事業譲渡の違い
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 譲渡対象 | 会社の株式(経営権そのもの) | 特定の事業・資産のみ |
| 手続きの範囲 | 比較的シンプル | 資産・契約・許認可を個別に移転する必要がある |
| 契約関係 | 会社自体は同一のまま存続するため、会社名義の契約関係・許認可・資産負債は原則としてそのまま会社に残る | 個々の契約について相手方の同意が必要な場合がある |
| 課税対象 | 個人株主が譲渡する場合は上場株式等と同様に原則申告分離課税(20.315%、現行制度)。法人株主が譲渡する場合は法人税等の対象 | 会社の譲渡益(法人税等)+消費税の対象となる資産がある |
| 主な活用場面 | 会社全体を後継者へ引き継ぐ場合 | 特定の事業だけを切り出して譲渡・整理する場合 |
事業承継のように会社全体を引き継ぐことが目的であれば株式譲渡が選ばれることが多く、不採算事業の整理や特定部門だけを譲渡したい場合には事業譲渡が選ばれる傾向にあります。どちらの手法にも税務上・法務上の特徴があるため、目的に応じて専門家と相談しながら選定することが重要です。
会社全体を引き継ぐ株式譲渡の具体的な仕組みや手続きについては、こちらで詳しく解説しています。
合併・会社分割・株式交換
株式譲渡・事業譲渡以外にも、複数の法人が一つに統合される「合併」、会社の事業の一部または全部を切り出して他社に承継させる「会社分割」、自社の株式を対価として相手企業の株式を取得する「株式交換」といった手法があります。いずれも組織再編に関わる手法であり、上場企業のグループ内再編や、資金を使わずに経営統合を行いたい場合などに活用されます。
事業譲渡では、事業の全部を譲渡する場合、事業の重要な一部を譲渡する場合のいずれも、会社法467条に基づき原則として株主総会の特別決議が必要です。ただし、事業の重要な一部の譲渡については、譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下にとどまる場合(簡易譲渡)は、決議が不要となる例外規定があります。この5分の1基準はあくまで「事業の重要な一部の譲渡」に該当するかどうかの判定に関わるものであり、「事業の全部の譲渡」には適用されません。なお、「簡易譲渡」という呼び方自体は会社法の条文上の正式な用語ではなく、実務上「株主総会決議を省略できる小規模な事業譲渡」を便宜的に指す呼称である点も押さえておくとよいでしょう。
一方、会社分割は事業譲渡とは別の会社法上の規定(吸収分割・新設分割に関する各条項)に従って手続きが行われます。株主総会の特別決議が原則として必要な点は事業譲渡と同様ですが、承継させる資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下にとどまる場合(簡易分割)や、当事会社間の議決権保有割合が90%以上に達する支配関係がある場合(略式分割)には決議を省略できることがあります(新設分割には支配関係が生じないため、略式分割の制度はありません)。ただし、簡易分割・略式分割の具体的な要件は、分割会社側か承継会社側かによって基準となる条文が異なるほか、対価の種類や純資産額の割合等によっても判定が変わるため、実際に決議省略が可能かどうかは個別のケースに応じて確認する必要があります。会社分割は事業譲渡と根拠となる条文・要件が異なるため、両者を同一の基準で理解しないよう注意が必要です。
合併には、一方の法人が存続し他方が消滅する「吸収合併」と、双方が消滅して新たな法人を設立する「新設合併」があります。中小企業の実務では、許認可の再取得が不要になる場合が多いことなどから、吸収合併が選ばれる傾向にあります。合併・会社分割についても、簡易合併・略式合併など決議を省略できる例外規定が設けられている一方、要件は個々のケースで異なるため、手続き面の負担を含めて専門家に確認しながら手法を選定することが重要です。
M&Aの目的を実現するまでの流れ・プロセス

M&Aの目的を明確にしたあとは、実際にどのようなプロセスを経て譲渡・譲受が実現するのかを把握しておくと、心構えとスケジュール感を持って進めやすくなります。一般的な流れは次のとおりです。
各ステップの具体的な進め方や注意点は、以下の記事でさらに詳しく解説しています。

| ステップ | 目安期間 | 内容 |
|---|---|---|
| 目的・条件の整理 | 1〜2週間 | 譲渡・譲受の目的、希望条件を整理する |
| 相手探し(ソーシング) | 1〜6ヶ月 | 仲介会社・FA・マッチングサイト等を通じて候補先を探す |
| 秘密保持契約(NDA)の締結 | 数日 | 情報開示の前提として秘密保持契約を結ぶ |
| トップ面談 | 1回〜複数回 | 経営者同士が事業内容や意向を直接すり合わせる |
| 意向表明書(LOI)・基本合意書(MOU)の締結 | 1〜2週間 | 大枠の条件を確認する(一部条項に法的拘束力を持たせる場合がある) |
| デューデリジェンス(DD) | 2週間〜2ヶ月 | 財務・法務・税務等を買い手側が調査する |
| 最終契約(DA:Definitive Agreement)の締結 | 1〜2週間 | 最終的な譲渡条件を法的拘束力のある契約として締結する |
| クロージング | 数日〜数週間 | 対価の支払い、経営権の移転手続きを実行する |
案件の規模や当事者の状況によって期間は前後しますが、初期相談からクロージングまで半年から1年程度かかることが一般的です。特にデューデリジェンスは、買い手が対象企業のリスクを把握するうえで重要な工程であり、想定より時間を要することも少なくありません。相手探しの段階で理想的な候補が見つからず、当初の想定より長期化するケースもあるため、余裕を持ったスケジュール感で臨むことが望ましいといえます。
なお、意向表明書(LOI)は主に買い手側の意向を示す書面、基本合意書(MOU)は双方の大枠合意を示す書面という位置づけの違いがありますが、実務上は内容が事前にすり合わされたうえで作成されることが多く、明確に切り分けられずに一体的な書面として扱われるケースもあります。両者とも、価格レンジや大枠のスケジュールといった条件面は法的拘束力を持たない形で合意されるのが一般的ですが、秘密保持義務や独占交渉義務、費用負担といった一部の条項については、例外的に法的拘束力を持たせる例もあります。どの条項に拘束力を持たせるかは個別の契約内容によって異なるため、締結前に内容を丁寧に確認することが大切です。
また、デューデリジェンスの結果、当初想定していなかったリスク(簿外債務や許認可上の問題など)が判明することもあります。その場合、最終的な譲渡条件が当初の想定から変更されることもあるため、売り手側は「なぜ条件が変わったのか」を丁寧に説明してもらい、自社の目的に照らして受け入れ可能かどうかを都度判断する姿勢が求められます。
企業価値評価と相場の考え方

M&Aの目的を達成できるかどうかは、企業価値評価(バリュエーション)の結果にも左右されます。代表的な評価手法には、時価純資産法、DCF法(将来キャッシュフローを現在価値に割り引く方法)、EBITDAマルチプル法(類似企業の指標を用いる方法)などがあり、中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、各手法の特徴や限界を踏まえ、案件の実情に応じた適切な評価を行うことが重要とされており、実務では複数の手法を参照しながら検討されることが多くなっています。
評価手法ごとの特徴や使い分けについては、企業価値評価(バリュエーション)の3つの方法で詳しく解説しています。
評価額は業種・収益力・資産状況・将来性など多くの要因によって変動するため、「同業種だから同程度の評価額になる」とは限りません。特にEBITDAマルチプル法における倍率は案件ごとに大きな幅があり、断定的な相場を提示することは実務上困難です。おおまかな目安を把握したい場合でも、必ず自社の状況を踏まえた個別の評価を専門家に依頼することをおすすめします。
目的によって評価の重視ポイントも変わります。例えば、後継者問題の解決が目的であれば、評価額そのものよりも「事業を存続させてくれる相手かどうか」が重視される傾向がある一方、創業者利益の確保が主目的であれば、評価額の水準そのものが交渉の中心になりやすいという違いがあります。
また、買い手企業が上場企業や外資系企業、投資ファンドの場合、のれん(買収価額と純資産の差額)の会計処理の違いが評価交渉に影響することがあります。日本の企業結合に関する会計基準(企業会計基準第21号)ではのれんを原則として20年以内で規則的に償却するのに対し、IFRS(国際財務報告基準、IFRS第3号「企業結合」・IAS第36号「資産の減損」)では償却を行わず毎期の減損テストで評価する取り扱いとなっており、買い手の採用する会計基準によって、のれんの負担の感じ方が異なる点も念頭に置いておくとよいでしょう。
M&Aにかかる費用・手数料

M&Aの目的を検討する際には、費用面も無視できません。中小企業のM&Aで一般的に発生する費用には、仲介会社やFA(フィナンシャル・アドバイザー)への着手金・中間金・成功報酬、デューデリジェンスを依頼する場合の専門家費用、契約書作成にかかる法務費用などがあります。
成功報酬の算定方式としては、譲渡金額に応じて段階的に料率が下がる「レーマン方式」が広く用いられていますが、料率テーブルや最低報酬額は仲介会社・FAごとに異なり、法令等で定められた統一の標準料率が存在するわけではありません。中小M&Aガイドライン(第3版、中小企業庁)では、契約締結前に、報酬の算定方法(料率テーブル)や報酬基準額、最低手数料、手数料が発生するタイミング、提供する業務の内容などを書面等で明示することが仲介者・FAに求められています。料率が低く見える案件でも、最低手数料が設定されている場合は実質的な負担率が高くなることがあるため、料率表だけでなく最低手数料の有無・水準も併せて確認しておくとよいでしょう。契約前に必ず手数料体系を確認し、複数の見積もりを比較検討することが望まれます。
このほか、デューデリジェンスを税理士や弁護士など外部専門家に依頼する場合の調査費用、最終契約書の作成・レビューにかかる法務費用、株式譲渡の場合であれば株主名簿の書き換えなどの実務手続きにかかる費用も発生します。これらの費用は案件の規模や複雑さによって大きく変動するため、早い段階で仲介会社やアドバイザーに概算を確認しておくと、資金計画が立てやすくなります。
なお、手数料が発生しない、あるいは無料をうたうサービスも存在しますが、収益構造やサポート範囲は提供事業者によって異なります。目的に照らして、自社にとって必要なサポートが受けられるかどうかを基準に選ぶことが大切です。
目的が曖昧なまま進めるとどうなるか

ここまでM&Aの目的やメリット・デメリットを見てきましたが、実務上とりわけ注意したいのが「目的が曖昧なままM&Aの検討を進めてしまう」ケースです。
目的が定まっていないと、次のような事態が起こりやすくなります。
- 相手企業から提示された条件の妥当性を判断する軸がなく、不利な条件でも流されるように合意してしまう
- 「早く譲渡先を決めたい」という焦りから、本来重視すべき従業員の雇用維持や事業の存続よりも、譲渡のスピードを優先してしまう
- 交渉の過程で当初の目的(後継者問題の解決なのか、創業者利益の確保なのか等)がぶれてしまい、意思決定に一貫性がなくなる
- 仲介会社やアドバイザーに提示された条件を、比較検討する材料がないまま受け入れてしまう
特に、初めてM&Aを検討する経営者にとっては、仲介会社やアドバイザーとの情報量の差が大きいことも少なくありません。仲介会社やアドバイザーは専門知識と実務経験を持つ重要なパートナーですが、提示された条件や進め方が自社の目的に照らして本当に妥当なのかを、自分自身でも判断できる状態にしておくことが望ましいといえます。
条件の妥当性について、自社の担当者以外の第三者にも意見を求めておくことは、目的からぶれずに意思決定を進めるための一つの選択肢です。
目的整理に使えるチェックリスト

M&Aの検討を始める前に、自社の目的を整理しておくと、その後の相手探しや条件交渉で判断がぶれにくくなります。次のチェックリストを活用してみてください。
- 後継者不在の解消、創業者利益の確保、経営基盤の強化など、自社がM&Aを検討する目的を1つの文章で言語化できるか
- 譲渡(または譲受)後に「絶対に譲れない条件」を3つ以内に絞り込めているか
- 従業員の雇用維持について、自社としての希望水準を明確にできているか
- 想定する譲渡対価やスケジュールについて、現実的な相場観を持てているか
- 目的の実現度合いを、譲渡対価だけでなく複数の観点(雇用維持・事業継続性・取引先との関係等)で評価できる状態にあるか
- 相手企業から提示された条件を、自社の目的に照らして妥当かどうか判断できる材料を持っているか
このチェックリストに自信を持って答えられない項目がある場合は、本格的な相手探しに入る前に、目的そのものを整理し直す時間を取ることをおすすめします。特に「絶対に譲れない条件」を絞り込む作業は一人で行うと視野が狭くなりがちなので、家族や信頼できる社員、あるいは利害関係のない第三者と一緒に整理すると、思い込みに気づきやすくなります。
目的の多様化:事業承継支援やセカンドオピニオンの活用

近年、M&Aの目的そのものも多様化しています。従来の「後継者問題の解決」「成長戦略の実現」といった目的に加え、公的機関による支援を活用しながら着実に事業承継を進めるという動きも広がっています。
中小企業庁が所管する事業承継・引継ぎ支援センターは、全国47都道府県48か所に設置されており、親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)・後継者人材バンクといった幅広い相談に対応しています。令和7年度(2025年度)の実績(中小機構プレスリリース、2026年5月29日発表)では、新規相談者数が24,000者を超え、第三者承継(M&A)の成約件数は2,265件と過去最多を記録しました。公的機関を相談の入口として活用し、そこから民間のM&A仲介会社やFAへとつなげていくという進め方も選択肢の一つです。
また、日本国内のM&A市場全体を見ても、2025年(1〜12月)の日本企業のM&A件数は5,115件、金額は35兆7,437億円(いずれも過去最高、レコフデータ「2025年のM&A回顧」)と、件数・金額ともに拡大傾向にあります。なお、M&A件数・金額の集計は機関によって対象範囲や集計方法が異なる場合があるため、本記事では主にレコフデータの公表値を参照しています。市場が活発化する一方で、「相手企業や仲介会社から提示された条件が、自社の目的に照らして本当に妥当なのか」を客観的に確認したいというニーズも増えています。
このような場面で活用できるのが、成功報酬に依存しない中立的な立場からの意見、いわゆるセカンドオピニオンです。M&Aの目的を再確認したうえで、進行中の条件や進め方に問題がないかを、利害関係のない専門家に確認できる環境があると、経営者は自分の目的からぶれずに意思決定を進めやすくなります。
セカンドオピニオンの具体的な活用法や相談先の選び方は、以下の記事で詳しく解説しています。

仲介会社やFAは、成約すること自体が報酬に直結する立場にあるため、悪意がなくとも「早期成約」に寄った提案になりやすい側面があります。これに対し、成功報酬に依存しない中立的な立場からのセカンドオピニオンであれば、成約の有無に左右されにくく、売り手の目的実現を軸に置いた意見を得やすいという傾向があります(なお、M&A・事業承継のセカンドオピニオンは提供元によって報酬体系が異なり、有償で提供されるサービスも存在します)。両者は対立するものではなく、仲介会社・FAの提案を、セカンドオピニオンで補完的に確認するという使い方が現実的です。
よくある質問(FAQ)
Q1. M&Aの目的として、最も多いのはどのようなものですか?
売り手側では後継者不在による事業承継、買い手側では新規事業への参入やシナジー効果の獲得が代表的な目的として挙げられます。ただし、実際には複数の目的が重なっているケースがほとんどで、「後継者問題の解決」と「創業者利益の確保」を同時に目指すといった例も少なくありません。
Q2. M&Aの目的が定まっていない状態で仲介会社に相談してもよいですか?
相談自体は問題ありませんが、目的が曖昧なまま話を進めると、提示された条件の妥当性を判断しにくくなります。相談前に、大まかでもよいので「何のためにM&Aを検討しているのか」を整理しておくことをおすすめします。
Q3. 売り手の目的と買い手の目的が一致しないとM&Aは成立しませんか?
売り手と買い手の目的が完全に一致する必要はありません。例えば売り手は「事業承継」、買い手は「シナジー獲得」というように、目的自体は異なっていても、条件面で双方が納得できれば成約に至ります。重要なのは、お互いの目的を理解したうえで交渉を進めることです。目的が違うからこそ、トップ面談などの早い段階でお互いの意図を率直に共有し、譲れる点・譲れない点を明確にしておくと、その後の交渉がスムーズに進みやすくなります。
Q4. M&Aの目的によって、選ぶべき相手先の探し方は変わりますか?
変わります。例えば従業員の雇用維持を重視する場合は同業種・地域内の企業を優先的に検討することが多く、譲渡対価の最大化を重視する場合は、業界を問わず幅広い候補先を比較検討する進め方が取られる傾向があります。仲介会社・FA・M&Aマッチングサイトなど、探し方の窓口自体も目的によって使い分けるとよいでしょう。
Q5. M&Aの目的を途中で変更してもよいのでしょうか?
M&Aの交渉過程で状況が変化し、目的の優先順位が変わること自体は自然なことです。ただし、目的が変わった場合は、なぜ変わったのかを自分の中で整理し、仲介会社やアドバイザーとも認識をすり合わせておくことが、後々のトラブルを避けるうえで重要です。目的の変更を相手に伝えるタイミングが遅れるほど、双方の信頼関係に影響しやすくなる点にも注意しましょう。
Q6. 個人でもM&Aの目的を実現できますか(会社を介さない場合)?
個人事業主であっても、事業譲渡という形でM&Aを行うことは可能です。ただし、契約や許認可の承継方法など、法人間のM&Aとは異なる論点があるため、個別に専門家へ相談することをおすすめします。屋号や顧客との契約関係の引き継ぎ方も、法人のM&Aとは異なる整理が必要になります。
Q7. M&Aの目的を仲介会社に正直に伝えないほうがよい場合はありますか?
基本的には、目的を正直に伝えたほうが、自社の希望に合った相手先の提案を受けやすくなり、結果的に満足度の高い成約につながります。「創業者利益を最大化したい」「従業員の雇用を最優先したい」など、優先順位を含めて伝えることで、仲介会社やアドバイザーも条件交渉の方針を立てやすくなり、結果として目的の実現可能性が高まります。
Q8. 目的が複数ある場合、どの目的を優先すべきですか?
一般的な正解はなく、経営者自身の価値観や会社の状況によって優先順位は異なります。ただし、「譲渡対価」「従業員の雇用維持」「事業の存続」「経営者保証の解除」など、目的となり得る項目を書き出し、譲れない条件とそうでない条件を仕分けておくことで、交渉の中で優先順位が揺らぎにくくなります。
まとめ
M&Aの目的は、売り手側であれば後継者問題の解決・経営基盤の強化・創業者利益の確保・経営者保証からの解放など、買い手側であれば事業成長の加速・シナジー効果の獲得・人材やノウハウの獲得・収益の安定化など、立場によって大きく異なります。同じ売り手であっても、何を優先するかによって選ぶべき手法や相手先、交渉での判断基準は変わってきます。
大切なのは、目的を曖昧にしたまま相手探しや条件交渉に入らないことです。自社にとってのM&Aの目的を言語化し、チェックリストなどを使って整理したうえで進めることで、提示された条件の妥当性を判断しやすくなり、後悔のない意思決定につながります。
もし、自社のM&Aの目的や、現在進めている条件が妥当なものかどうか、中立的な立場から意見を聞いてみたいという場合は、無料の第三者意見(セカンドオピニオン)を活用するのも一つの方法です。成功報酬に依存しない立場のセカンドオピニオンであれば、売り手であるあなたの目的に寄り添った視点で状況を整理しやすくなります。
M&Aは一生に一度あるかどうかの重大な意思決定です。焦って結論を出す必要はありません。まずは自社の目的を言語化し、必要な情報を集め、信頼できる相手やパートナーを見極めながら、納得のいくペースで進めていくことが、後悔のないM&Aを実現する近道です。
※本記事の内容は執筆時点の公開情報に基づいています。統計・制度は改正される場合があるため、最新の情報は各公的機関の公式サイト等でご確認ください。また、税務・法務・手数料に関する最終的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
監修者:森沢雄太 一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会 代表理事。日本M&Aセンター出身、M&A成約実績100件超。売り手に100%寄り添う中立的な立場から、M&Aセカンドオピニオン(完全無料・成功報酬なし)を提供している。