会社売却の相場はいくら?業種別の目安と算出方法

会社売却の相場を検討する中小企業の経営者

「自社はいくらで売れるのか」。会社売却を検討し始めた経営者なら、まず頭に浮かぶ問いではないでしょうか。しかし、いざ情報収集を始めてみると、「相場は純資産プラス利益の2〜5倍」「いや業種によって全然違う」「まずは専門家に聞け」と、核心に迫る答えがなかなか見つからないまま時間だけが過ぎていくことがあります。

その背景には、会社売却の価格が唯一の正解のある「定価」ではなく、企業の状態・業種・市場環境・買い手の意向など複数の要素が絡み合って決まるという現実があります。だからこそ、相場を正しく理解しないまま交渉に臨むと、本来得られたはずの対価を受け取れずに終わるリスクがあります。

そこで本記事では、会社売却の相場を構成する考え方と計算手法を体系的に整理し、業種別の目安・税引き後の手残り計算・価格を引き上げるための実務的ポイントまでを一貫して解説します。「自社の価値を正確に把握した上で、納得のいく条件で売却する」ための判断材料として、ぜひ最後までご覧ください。


目次

会社売却の相場とは何か

会社売却の相場の定義と基本的な考え方を示す図解イメージ

会社売却の「相場」という言葉は、不動産や中古車の相場とは根本的に性質が異なります。不動産には路線価や公示地価という公的な評価基準がありますが、非上場の中小企業の株式には、それに相当する公的な価格指標が存在しません。

つまり、「会社売却の相場」とは、客観的な市場価格というよりも「同規模・同業種の企業が実際にどの程度の価格で売れているか」という取引事例の集積から導き出される目安です。加えて、買い手とのシナジー効果や個別の交渉によって、事例から導かれる相場から大きく乖離することも珍しくありません。

会社売却とは何を売ることなのか

会社売却とは、一般的に株式譲渡の形で行われます。オーナー経営者が保有する自社株式を買い手に譲渡し、その対価として現金を受け取る取引です。経営権ごと会社を移転する手法であるため、売り手は創業時からの事業・従業員・取引先・ブランドをまとめて引き継いでもらえる点が大きな特徴です。

一方、事業の一部のみを切り出して売る「事業譲渡」という手法もあります。事業譲渡では対象となる資産・負債・契約を個別に移転するため、売却範囲の柔軟性がある反面、許認可の再取得や消費税の課税など手続き上の負担が生じます。会社売却(株式譲渡)と事業売却(事業譲渡)では相場の算定方法も異なるため、まず自社がどちらの手法を想定するかを明確にしておく必要があります。

比較項目株式譲渡(会社売却)事業譲渡(事業売却)
売却対象会社の株式(経営権ごと)特定の事業・資産・負債
許認可原則そのまま引き継がれる原則、買い手が再取得が必要
従業員雇用契約はそのまま承継個別に再雇用契約が必要
個人保証売却後に解放される可能性会社自体は存続するため別途対応
売り手への課税譲渡所得税(原則20.315%)法人税+消費税(双方に課税)
相場算定株式価値(企業価値)を算定対象事業の収益力・資産・将来性等を総合的に評価(DCF法やEBITDA倍率等も用いられる)

本記事では主に株式譲渡による「会社売却」の相場を中心に解説します。

中小企業M&Aの市場規模と最新動向

会社売却を巡る環境は近年大きく変化しています。(株)レコフデータの調べによると、日本のM&A件数は増加傾向が続いており、2024年には公表ベースで過去最多の約4,700件を記録しました(2025年版中小企業白書、中小企業庁)。背景には、経営者の高齢化と後継者不足の深刻化があります。

中小企業庁の資料(2017年試算)によると、2025年には約245万人の中小企業経営者が平均引退年齢の70歳を超え、そのうち約127万人——日本企業全体の約3分の1——が後継者未定の状態にあるとされています。この試算以降も後継者不足の構造的課題は継続しており、足元でも事業承継型M&Aの増加が続いています。この構造的な課題が、第三者承継(M&A)への需要を押し上げています。

また、以前は「身売り」と捉えられることが多かった会社売却が、近年では後継者問題の解決策、従業員の雇用継続、個人保証からの解放といった観点から、経営者の意思決定の選択肢として前向きに捉えられるようになってきました。市場の拡大によって買い手企業の裾野も広がり、適切な準備と交渉次第で想定以上の価格が実現するケースも増えています。


会社売却価格の算定に使われる3つの手法

企業価値評価の3つの算定手法を検討する専門家と経営者

会社売却の価格、正確には「企業価値評価(バリュエーション)」を算定する際には、大きく分けて3つのアプローチがあります。それぞれの考え方と特徴を理解しておくことで、自社の価格がどのように導き出されるかを把握できます。

手法別称考え方中小企業への適用
コストアプローチ純資産法帳簿上の純資産(資産-負債)をベースにするよく使われる(基礎計算として)
インカムアプローチDCF法・収益還元法将来生み出すキャッシュフローを現在価値に換算成長中・IT系企業に適用されやすい
マーケットアプローチ類似会社比較法・EBITDA倍率法類似企業の売買事例や株価指標を参考にする業種・規模の類似事例がある場合に有効

コストアプローチ(純資産法)——会社の「今の資産価値」を測る

コストアプローチは、貸借対照表(B/S)に記載された資産から負債を差し引いた純資産をベースに企業価値を算定する手法です。帳簿価額を使う「簿価純資産法」と、各資産を時価に洗い直す「時価純資産法」があります。

中小企業のM&Aでは「時価純資産法」を使うのが一般的です。含み益のある不動産や逆に簿価より下落した設備などを調整した上で、実態に即した純資産額を算出します。

コストアプローチ単体では「今清算したらいくら残るか」に近い評価になります。そのため、これだけでは事業が持つ収益力や将来の成長性が価格に反映されません。実際の中小企業M&Aでは、後述する「のれん(営業権)」を加算した「年倍法」との組み合わせで使われることが多いです。

簿外債務(未払い残業代・退職給付引当の未計上・訴訟リスクなど)が存在すると、デューデリジェンス(買収監査。後述)の過程で時価純資産が大きく下方修正される可能性があります。売却前に財務の棚卸しをしておくことが重要です。

インカムアプローチ(DCF法)——「将来の稼ぐ力」を今の価値に換算する

インカムアプローチ、特にDCF法(Discounted Cash Flow法、キャッシュフロー割引法)は、事業が将来生み出すと予測されるキャッシュフローを、一定の割引率で現在価値に換算して企業価値を算定する手法です。「将来の稼ぐ力」が直接価格に反映されるため、理論的に最も精緻な手法とされています。

ただし、精度は将来の事業計画の信頼性に大きく依存します。楽観的すぎる計画を前提にすれば企業価値は高くなりますが、買い手側のデューデリジェンスで計画の妥当性が問われます。逆に保守的に作ると自社の価値を低く見積もりすぎることになります。

中小企業のM&Aでは、DCF法を単独で使うよりも、コストアプローチや後述のマーケットアプローチと組み合わせて参考値として使われることが多い手法です。

マーケットアプローチ(EBITDA倍率・類似会社比較法)——「市場の取引事例」を参照する

マーケットアプローチは、類似企業の株価指標や過去のM&A事例を参照して企業価値を算定する手法です。代表的な指標がEBITDA倍率です。

EBITDAとは「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization」の略で、利払い・税引き・減価償却前利益のことです。簡単に言えば「事業が実際に生み出している収益力」を示す指標で、減価償却などの会計上の操作の影響を受けにくい特性があります。

EBITDAマルチプル(倍率法)では、「企業価値 = EBITDA × 業種別倍率」という形で算定します。業種別の倍率は業界や市場環境によって変動しますが、中小企業では概ね3〜8倍程度の範囲で取引されることが多いとされています(倍率は取引規模・業種・成長性によって大きく異なるため、あくまで参考値として扱ってください)。

上場企業の株価を参照する「類似上場会社法」は、規模感や事業特性が似た上場会社の株価倍率(PER・PBRなど)をベースに算定する方法です。ただし非上場の中小企業には流動性ディスカウント(株式を自由に売買できないことによる価値の割引)が適用されるのが一般的です。

中小企業で最も使われる「年倍法(時価純資産+のれん代)」

実際の中小企業M&Aの現場では、上記3手法の理論よりも実務的な簡易計算として「年倍法」が広く使われています。計算式は以下の通りです。

会社売却の目安価格 = 時価純資産 + 営業利益 × 年数(のれん倍率)

「のれん」とは、純粋な資産価値を超えた「ブランド・顧客関係・技術・人材・ノウハウ」などの目に見えない価値のことで、「営業権」とも呼ばれます。年倍法では、営業利益に一定の年数(倍率)を掛けることでこの無形の価値を数値化します。

なお、実際の評価では通常の営業利益ではなく「実態営業利益(一時的な損益等を除いた修正後の利益)」やEBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)が用いられるケースも多いため、専門家との試算では使用する利益指標の前提条件を確認することが重要です。

倍率は一般的に2〜5年分が目安とされることが多いですが、業種・成長性・買い手とのシナジーによって変わります。倍率の決定要因については次の章で詳しく解説します。


会社売却の相場目安——業種・規模別シミュレーション

業種別・規模別の会社売却相場シミュレーションのイメージ

理論の理解だけでは「で、うちはいくらなの?」という実感が湧きにくいものです。以下では、年倍法をベースにした計算例と業種別の倍率目安を紹介します。あくまでも簡易的な目安であり、実際の売却価格は買い手との交渉・デューデリジェンス結果・市場環境によって変動します。

計算例:3つのモデルケース

ケース1:売上1億円・営業利益1,000万円の製造業

時価純資産が5,000万円、のれん倍率が3年とした場合:

5,000万円 + 1,000万円 × 3 = 8,000万円が目安の売却価格

ケース2:売上5億円・営業利益3,000万円のIT・SaaS系企業

時価純資産が8,000万円、のれん倍率が5年とした場合:

8,000万円 + 3,000万円 × 5 = 2億3,000万円が目安の売却価格

ITや成長性の高い業種では倍率が高めに設定される傾向がありますが、業績の安定性・顧客の解約率・経営者依存度によって大きく変わります。

ケース3:赤字だが将来性のあるスタートアップ・事業承継案件

赤字企業でも売却は可能です。ただし年倍法はそのまま適用しにくく、時価純資産や技術・顧客基盤・許認可の価値が評価の中心になります。黒字化の見通しや市場シェア・独自技術があれば、DCF法や個別交渉で相場を超える評価を得られる場合もあります。

業種別の売却相場(EBITDAマルチプルの目安)

業種によって買い手が付きやすい業態・成長性・事業の安定性が異なるため、EBITDAや営業利益に対する倍率の傾向も業種ごとに差があります。以下はあくまでも目安であり、実際の取引価格は企業固有の状況によって大きく異なります。

業種のれん倍率の目安特記事項
IT・ソフトウェア・SaaS4〜8倍程度ストック型収益・技術力・人材が高評価
医療・介護・調剤薬局3〜6倍程度許認可・立地・スタッフが価値の柱
製造業(技術・特許あり)3〜5倍程度技術力・設備・特許が評価される
建設・土木2〜4倍程度許認可・技術者資格・受注実績が重要
飲食・小売1〜3倍程度立地・ブランド・収益安定性次第
運送・物流2〜4倍程度車両・ルート・ドライバー確保が評価

倍率は市場環境や買い手のシナジー期待によっても変動します。また、同業種でも経営者への依存度・顧客集中度・財務の健全性によって評価が大きく分かれるため、業種の目安だけで自社の価値を判断することはお勧めしません。


会社売却の相場を左右する6つの要因

会社売却の価格を左右する要因を分析する経営者のイメージ

同じ業種・同じ売上規模でも、売却価格が大きく変わることがあります。価格を上下させる主な要因を理解しておくことで、「なぜその価格になるのか」を把握し、準備の方向性が定まります。

収益性と事業の安定性

最も直接的に価格に影響するのが収益力です。営業利益・EBITDAの絶対値もさることながら、「利益が安定して出続けているか」が特に重視されます。過去3〜5年間の業績が安定していれば、買い手は将来の収益に高い確信を持ちやすく、倍率が上がりやすくなります。

逆に、売上・利益の変動が大きかったり、特定年度だけ好調だったりする場合は、買い手が将来の見通しに保守的な仮定を置くため、倍率が抑えられる傾向があります。

業種の成長性と将来性

自社が属する市場・業界の成長トレンドは企業評価に大きく影響します。AI・DX・医療・介護など成長産業に属する企業は買い手の競合が生まれやすく、買収価格が押し上げられる傾向があります。

一方、縮小傾向にある市場や規制強化が見込まれる業種では、たとえ現時点の収益が良くても将来の収益性に疑問符が付き、倍率が下がりやすくなります。

無形資産の価値(技術・ブランド・顧客基盤)

特許・独自技術・ノウハウ・ブランド認知度・長年積み上げた顧客リストや取引先ネットワークは、財務諸表には反映されにくいものの、買い手にとって極めて魅力的な資産です。

特に「その会社でないと手に入らない」無形資産がある場合は、複数の買い手が競合する構図が生まれ、通常の相場を大きく超える評価が得られることがあります。

買い手企業とのシナジー効果

シナジーとは、買収によって売り手・買い手の双方が単独では実現できない価値を生み出す効果のことです。例えば、買い手が持つ販売網に自社の製品を乗せることで売上が大幅に拡大できる、あるいは自社が持つ顧客データが買い手の事業戦略に直結するといった場合です。

シナジー効果が大きいほど買い手はプレミアムを付けて買収しようとするため、相場を超える価格が実現しやすくなります。したがって、どのような買い手に対して自社がどのようなシナジーを提供できるかを事前に整理しておくことは、交渉戦略上非常に重要です。

簿外債務・訴訟リスクの有無

時価純資産を押し下げる「見えないマイナス」として注意が必要なのが簿外債務です。未払い残業代・退職給付引当金の未計上・税務調査リスク・環境リスク・取引先との係争リスクなどが代表例です。

デューデリジェンス(買収前の詳細調査)でこれらが発見されると、当初の希望価格から大幅に値引きを求められることがあります。売却前に自社の財務・法務・税務のリスクを棚卸しして、開示できるものは先に開示するか、可能なものは解消しておくことが価格の防衛につながります。

経営者個人への依存度

経営者が人脈・技術・顧客関係のすべてを一身に担っている場合、経営者が抜けた後の事業継続性に不安を感じた買い手が、価格を抑えるか購入自体を見送るリスクがあります。

逆に、幹部社員が育っており経営が組織として機能している状態であれば「オーナーがいなくても安定して回る会社」として高く評価されます。売却を検討し始めた段階から、経営者への依存度を下げる組織整備を進めておくことが、結果的に売却価格を高める準備になります。


会社売却にかかる費用と税金——手元に残る金額を計算する

会社売却にかかる税金と費用を試算する経営者と税理士のイメージ

売却価格がいくらになるかと同様に重要なのが、「最終的に手元にいくら残るか」です。売却に関わる税金と費用の概要を理解した上で、手残りのシミュレーションを行いましょう。

株式譲渡にかかる税金

個人株主が株式譲渡で売却益を得た場合、その利益は「申告分離課税」の対象となります。税率は原則として一律20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)です(2026年6月現在。ただし後述の改正に注意が必要です)。

税務当局への確認が必要な重要事項として、2025年1月1日以降、「ミニマムタックス(特定の基準所得金額の課税の特例)」制度が施行されています。これは、年間の合計所得(基準所得金額)が3.3億円を超える高所得者に対して、最低限の税負担を確保するための追加課税制度です。

仕組みとしては、「(基準所得金額 − 3.3億円)× 22.5% − 基準所得税額」がプラスになった場合に、その差額を追加で納付するものです。単純に3.3億円を超えた部分に一律27.5%が課されるわけではなく、通常の課税との差額が生じた場合にのみ追加納税が発生する制度です。なお、2026年度税制改正大綱では2027年分以降のさらなる課税強化も盛り込まれています。

大規模な株式譲渡を検討している場合は、必ず税理士・税務の専門家に最新の税制と個別の試算を確認してください(最新の税制改正状況は国税庁または財務省のウェブサイトでご確認ください)。

計算例:株式譲渡益1億円(原則税率20.315%の場合)

  • 所得税(15%):1,500万円
  • 復興特別所得税(0.315%):31.5万円
  • 住民税(5%):500万円
  • 税額合計:約2,031万円
  • 手残り:約7,969万円

なお、売却価格から差し引ける「取得費」は、株式を取得した際の費用です。多くの中小企業オーナーは創業時の出資額が取得費となりますが、取得費が不明な場合は売却価格の5%を取得費とみなす概算取得費も利用できます(最新の税制は国税庁への確認を推奨します)。

また、個人保証の解除に伴う手続きや、退職金の活用による節税など、実務上の選択肢についても税理士に相談することを強くお勧めします。

事業譲渡にかかる税金

事業譲渡の場合は、会社(法人)が事業を売却するため、売却益は法人税等の課税対象となります。実際の税負担は法人の規模・所在地等によって異なりますが、法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税を含めた実効税率ベースで検討する必要があります(標準税率で概ね29〜30%台、規模・所在地・軽減税率の適用等によって変わります。最新の税率は国税庁および各地方自治体で確認してください)。

また、事業譲渡では棚卸資産・固定資産などの課税資産の移転に消費税が課されます(のれんは非課税)。個人への現金化にはさらに配当課税や役員退職金等の処理が必要になるため、株式譲渡に比べて手残りが少なくなるケースが多いです。

仲介手数料・アドバイザリー費用

M&A仲介会社や財務アドバイザー(FA)に支払う手数料は、成功報酬として成約金額に対して一定の料率を掛ける「レーマン方式」が業界標準です。

レーマン方式は成約金額に応じて料率が段階的に下がる逓減方式で、概ね以下の目安です(各社・各案件によって異なります)。

成約金額(企業価値)レーマン料率の目安
5億円以下の部分5%前後
5〜10億円の部分4%前後
10〜50億円の部分3%前後
50億円超の部分2%以下

また、着手金・月額報酬・中間金を設定している仲介会社もあります。最低報酬を設定しているケースもあり、小規模案件では手数料の割合が高くなりやすい点に注意が必要です。手数料体系は会社によって大きく異なるため、複数社の条件を確認した上で選択することが重要です。


売却価格を相場より高くするための5つのポイント

会社売却価格を高めるための準備と戦略を考える経営者のイメージ

相場はあくまでも目安であり、適切な準備と戦略によって相場を上回る価格での売却は十分に実現可能です。現場で差が出る実務的なポイントを5つ解説します。

業績が好調なタイミングで準備を開始する

会社売却の価格算定では、過去3年程度の業績がベースになることが多いです。業績が低迷している時期に売却を急ぐと、評価額が低く抑えられてしまいます。

理想的なのは「業績が安定して伸びているフェーズ」あるいは「利益が出ていてかつ組織が安定している時期」に売却を決断することです。一般的にM&Aのプロセスは案件化から成約まで半年〜1年程度かかる場合が多いため、「売ろうかと思い始めた時点」から準備を始めることが現実的です。

経営者依存度を下げ、組織として機能する体制を作る

前述の通り、経営者個人への依存度が高い状態は企業評価を下げる要因です。主要顧客との関係・受注の窓口・技術や商品知識などが経営者に集中している場合、売却前の1〜2年をかけて幹部社員や次世代リーダーへの権限委譲を進めることが、価格向上への投資となります。

複数の買い手候補と並行交渉する

一社としか交渉しない場合、買い手のペースで条件が決まりやすくなります。複数の買い手候補と並行して交渉(オークション形式に近い進め方)することで、競争原理が働き、価格・条件の改善が期待できます。

ただし、秘密保持(NDA:秘密保持契約)の管理や、候補先ごとの情報開示の管理は煩雑になるため、M&A専門家のサポートを活用しながら進めることが実務上は重要です。

自社の強みを「買い手の言語」で伝える

自社の強みは、内部にいる経営者には当たり前すぎて見えにくいことがあります。一方、買い手から見ると「なぜこの会社を買うのか」という投資判断の核心です。

自社の顧客基盤・技術・ブランド・人材・市場ポジションを、買い手の視点(シナジーの形)で整理してIM(企業概要書:買い手候補に提示する自社の概要資料)に盛り込むことで、評価が高まることがあります。

財務・税務・法務のリスクを事前に整理する

デューデリジェンスで問題が発覚すると、最終段階で大幅な価格交渉を迫られるリスクがあります。売却検討段階から顧問税理士・弁護士と連携し、以下の点を事前に確認・整理しておくことが重要です。

事前整理のチェックリストとして参考にしてください:

  • 過去3〜5年分の決算書・税務申告書の整合性に問題がないか
  • 未払い残業代・退職給付引当金の未計上がないか
  • 主要取引先・顧客との契約書が整備されているか(チェンジオブコントロール条項の有無)
  • 設備・不動産の状態と保険加入状況に問題がないか
  • 知的財産権(特許・商標・著作権)が会社名義で適切に管理されているか
  • 金融機関からの借入・個人保証の状況と解消の見通し
  • 未解決の訴訟・紛争・クレームがないか

会社売却の手続きの流れ——相談から着金まで

会社売却の手続きの流れと各フェーズを示すビジネスイメージ

会社売却のプロセスを理解しておくことで、各フェーズで何を決断すべきかが明確になります。一般的な流れと各ステップにかかる期間の目安を示します。

フェーズ主な内容期間の目安
① 売却準備・アドバイザー選定自社の価値概算・売却方針の決定・仲介会社またはFAの選定・NDA締結1〜3ヶ月
② 買い手探し・マッチングノンネームシート(匿名の会社概要)の作成・買い手候補の選定・初期接触1〜6ヶ月
③ トップ面談売り手・買い手経営者の直接面談・経営ビジョンのすり合わせ1〜3ヶ月
④ 意向表明〜基本合意買い手によるLOI(意向表明書)の提出・売り手の検討・基本合意書(MOU等)の締結。独占交渉権が設定されることも多い1ヶ月程度
⑤ デューデリジェンス(DD)買い手による財務・法務・ビジネス等の詳細調査1〜2ヶ月
⑥ 最終契約(DA)・クロージング株式譲渡契約書(SPA)の締結・株式・代金の受け渡し(クロージング)1ヶ月程度

全体では、相談開始から着金まで最短でも6ヶ月〜、複雑な案件では1〜2年程度かかるケースもあります。

各フェーズの重要事項をひとつ補足します。LOI(Letter of Intent:意向表明書) は買い手が売り手に対して買収の意向と条件の概要を伝える書面で、法的拘束力は限定的です。その後に締結される基本合意書(MOU:Memorandum of Understanding等) は、売却価格・スキーム・条件等を双方で概合意した文書です。独占交渉権はLOIに記載される場合も、基本合意書で定めるケースもあり、案件によって扱いが異なります。この段階では価格が仮決定されるため、ここまでに希望条件を明確にしておくことが重要です。

デューデリジェンス(DD) は買い手が実施する詳細な企業調査で、財務DD・法務DD・ビジネスDDなどが含まれます。DDで問題が発見されると最終価格に影響するため、上述の事前整理が特に重要になります。

最終契約書(DA:Definitive Agreement) には株式譲渡契約書(SPA)が含まれ、表明保証条項が盛り込まれます。表明保証とは「開示した情報に誤りがない」「未開示の重大リスクがない」などを売り手が買い手に対して保証する内容です。表明保証違反があった場合には損害賠償の対象となるため、法律の専門家(弁護士)のサポートを受けながら進めることが必須です。


会社売却後の経営者の手残りを最大化する視点

会社売却後の手残り資金と将来の資産設計を考える経営者のイメージ

売却価格の交渉と同時に、手残り(税引き後の実質的な収入)をどう最大化するかは経営者にとって重大な関心事です。いくつかの観点を整理します。

退職金を活用した節税

オーナー経営者が会社売却と同時に代表取締役を退任する場合、役員退職金を受け取ることができます。役員退職金は「退職所得」として、株式譲渡所得とは別に算定されます。

退職所得は所得控除(退職所得控除)が大きく、さらに残額の1/2のみが課税対象になるため、税率上は非常に優遇されています。ただし、退職金額の設定には「功績倍率基準」などの合理的な根拠が求められるため、税理士への事前相談が必要です。

売却後の個人保証解除

中小企業オーナーは金融機関への借入に対して個人保証を提供していることがほとんどです。会社売却(株式譲渡)後には、この個人保証の解除が重要な課題になります。ただし、個人保証は株式譲渡によって自動的に解除されるわけではなく、金融機関との個別交渉が必要です。

「経営者保証に関するガイドライン」(2013年12月公表・2014年2月適用開始)は、日本商工会議所と全国銀行協会が設置した研究会が策定した民間の自主的ルールであり、法的拘束力はありません。ただし、金融機関・中小企業・経営者が自発的に遵守することが期待されており、保証解除の交渉に際しての重要な指針となっています。実際の交渉は金融機関によって対応が異なるため、早期から確認を始めることをお勧めします。

ロックアップ(売却後就業義務)の期間と内容

株式譲渡契約には「売り手経営者が一定期間、買い手の下で勤務・協力義務を負う」というロックアップ条項が含まれることが多いです。期間は数ヶ月〜3年程度と案件によって幅があり、事業の引き継ぎに必要な期間や経営者の関与の形態によって異なります。

ロックアップ期間中の役割・報酬・義務内容は交渉事項です。不明確なまま合意すると、売却後の自由な活動を制限されたり、精神的なストレスの原因になったりするリスクがあります。最終契約前に具体的な内容を確認し、許容できる範囲で合意することが重要です。

また、競業避止義務(売却後に同業種で事業を行うことを制限する条項)についても同様に、期間・地域・業種の範囲を明確にした上で合意してください。


会社売却の交渉で知っておきたい実務の視点

会社売却の交渉において中立的な専門家と戦略を検討する経営者のイメージ

会社売却の価格は、算定した企業価値がそのまま成約価格になるわけではありません。最終的には「買い手と売り手の交渉」で決まります。この事実を理解した上で、交渉を有利に進めるための視点を持っておくことが重要です。

価格だけでなく「条件のパッケージ」で判断する

会社売却の成功を「高い価格で売ること」だけで測るのは必ずしも適切ではありません。従業員の雇用継続・取引先への影響・事業の存続・自身の関与の程度・ロックアップや競業避止の条件——これらすべてが、売り手にとっての「条件のパッケージ」です。

価格だけに固執して条件に無理が生じると、売却後のトラブルの種になることがあります。何を最優先にするかを事前に明確にし、優先順位に基づいて交渉することが、納得のいく売却への近道です。

情報の非対称性を理解する

M&Aの交渉においては、買い手側(特に大手企業・PEファンドなど)が豊富な取引経験とデータを持っているのに対し、売り手の中小企業経営者はM&Aの経験が少ないことが多いです。この情報の非対称性が、条件交渉における売り手の不利につながる場合があります。

この格差を埋めるために有効なのが、中立的な立場の第三者——M&Aの専門知識を持ちながら、売り手の利益だけを考えてアドバイスをくれる存在——に相談することです。

現在契約しているアドバイザーや仲介会社の提示条件が本当に妥当かどうか、違和感を覚えた段階でセカンドオピニオンを求めることも、賢明な判断のひとつです。

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よくある質問(FAQ)

会社売却に関するよくある質問に答える専門家のイメージ

Q1. 会社売却の相場には「最低価格」がありますか?

明確な最低価格はありません。一般的には時価純資産が最低ラインの目安として参照されますが、買い手がいない場合や事業の継続価値がマイナス評価される場合は、純資産を下回る価格での譲渡(あるいは売却自体が成立しない)可能性もあります。相場を下回らないためには、複数の買い手候補と接触し、競争環境を作ることが重要です。

Q2. 赤字の会社でも売却できますか?

売却できるケースは多くあります。赤字であっても、許認可・市場シェア・技術・人材・顧客基盤・立地など、買い手にとって価値ある資産が存在すれば、買い手はつきます。ただし赤字の状態では価格が下がりやすいため、黒字化の見通しを示せるか・どの買い手に対してどのシナジーを提示できるかが交渉の核心になります。

Q3. 会社を10億円で売却した場合の税金はいくらですか?

株式を取得した費用(取得費)が仮に1,000万円の場合、譲渡所得は約9億9,000万円になります。原則税率20.315%が適用された場合の概算では、税額は約2億110万円程度になります(税率・控除額・その他の所得状況によって異なります)。ミニマムタックス制度(2025年分から適用)は通常の課税との差額が生じた場合に追加納税が発生する仕組みであり、所得構成や他所得との関係によって適用の有無・金額が異なります。個別のシミュレーションは必ず税理士に依頼してください。

Q4. 会社売却の相場と株式の「含み益」はどう違いますか?

株式の含み益は、取得費と時価の差額を指しますが、これはM&A市場で形成される売却価格(企業価値評価)とは異なる概念です。M&Aにおける売却価格は、企業の事業価値(収益力・資産・成長性)を買い手と売り手が交渉して合意した金額です。会社の帳簿上の株式価値と市場における売却価格は一致しないことが多いため、両者を混同しないよう注意が必要です。

Q5. 売却相場を知るには何から始めればよいですか?

まずは、時価純資産+営業利益×年数(のれん倍率2〜5年)という年倍法で概算を計算してみることが入口です。ただしこれはあくまでも目安であり、実際の評価は業種・市場環境・財務内容によって変わります。より精度の高い試算を得るには、M&A仲介会社や専門家への相談が有効です。相談段階は無料の場合がほとんどですので、複数の専門家から意見を聞くことをお勧めします。

Q6. 会社を売却すると従業員の雇用はどうなりますか?

株式譲渡の場合、会社の法人格は変わらないため、従業員の雇用契約はそのまま引き継がれます。ただし、売却後の経営方針によって人事制度や組織体制が変わる可能性はあります。雇用維持を売却条件として契約に明記しておくことは可能ですが、買い手の経営判断の自由を制限しすぎると買い手候補が絞られる面もあるため、条件の設定はバランスが重要です。

Q7. 会社の規模が小さすぎても売却できますか?

年商1億円未満の小規模企業でも売却成約の事例は多くあります。近年はM&Aマッチングプラットフォームの普及により、小規模企業の売買が以前よりも活発化しています。ただし手数料の最低ラインが設定されている仲介会社では、小規模案件に割高感が生じる場合があるため、手数料体系の確認が重要です。


自社の相場算定前に確認すべきチェックリスト

会社売却の相場算定前に自社の状態を確認する経営者のイメージ

会社売却の準備を始める前に、以下の項目を確認することをお勧めします。

財務の確認

  • 過去3〜5期分の決算書・申告書が整理されているか
  • 売上・利益の推移に説明できる根拠があるか
  • 借入残高・個人保証の状況を把握しているか
  • 未払い費用・偶発債務(訴訟リスク等)を把握しているか

事業の確認

  • 顧客・取引先リストが整備されているか
  • 主要顧客への依存度(上位3社で売上の何%か)を把握しているか
  • 主要な契約書(取引基本契約・雇用契約・賃貸借契約)が整備されているか
  • 保有する知的財産権(特許・商標等)が会社名義で管理されているか

組織の確認

  • 経営者不在でも事業が回る体制になっているか
  • 幹部社員の定着状況・後継の見通しはどうか
  • 経営者個人しか知らない情報・ノウハウが社内で共有されているか

まとめ——「相場を知る」ことが納得のいく売却の出発点

会社売却の相場を理解した上で次のステップに進む経営者のイメージ

会社売却の相場は、公式の価格表が存在するわけではなく、時価純資産・のれん(収益力)・業種・市場環境・買い手とのシナジーといった複合的な要因によって決まります。

算定手法としてはコストアプローチ・インカムアプローチ・マーケットアプローチの3手法があり、中小企業では「時価純資産+営業利益×倍率(年倍法)」が実務上の基準として広く使われています。ただし、この目安はあくまでも出発点であり、最終的な価格は買い手との交渉の中で形成されます。

売却価格を最大化するためには、財務の健全化・経営者依存度の低減・複数の買い手候補との比較検討・自社の強みを買い手の視点で整理するといった準備が重要です。そして、税引き後の「手残り」まで考えた上で条件の全体像を判断することが、後悔のない意思決定につながります。

もし現在、売却条件の妥当性に疑問を感じている、あるいはまだ相談先を決めかねているという状況であれば、中立的な第三者に意見を求めることも選択肢の一つです。

M&Aインサイトは、完全無料・成功報酬なしで、売り手経営者の立場から中立的なアドバイスを提供しています。「まず自社の相場感を知りたい」「今進めているM&Aについてセカンドオピニオンが欲しい」という段階からお気軽にご利用ください。

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