「M&Aの話が思うように進まない」「仲介会社の説明に納得できない部分がある」「成約後に聞いていなかった問題が出てきた」——会社売却を検討・推進されている経営者から、こうした声が増えています。
M&A仲介を巡るトラブルは、中小企業庁が注意喚起を行うほど社会問題化しており、成約件数の増加とともに件数も増加傾向にあります。背景にあるのは、売り手と買い手、そして仲介会社の間に存在する「情報格差」です。M&Aのプロセスに精通した仲介会社と、初めてM&Aに臨む売り手経営者との間には、知識・経験・情報量のいずれにおいても大きな開きがあります。
そこで本記事では、M&A仲介で実際に起きているトラブルの事例と根本的な原因、そして売り手経営者として取るべき具体的な対策を解説します。すでにM&Aを進めている方も、これから検討を始める方も、ぜひ最後までお読みください。

M&Aセカンドオピニオン協会
代表理事 森沢 雄太
外資系銀行でのウェルスマネジメント業務を経て、日本M&Aセンターに入社。譲渡側アドバイザーとして100件超の成約に関与し、野村證券出向や福岡支店立ち上げも経験。2018年に日本投資ファンド立ち上げに参画し、投資先の再生にも成功。2022年、合同会社M&Aプレップを創業し、仲介会社・ファンドへの支援やオーナー向け売却準備、買収支援など幅広く展開。2024年には売却支援事業拡大のため株式会社企業経営支援機構を設立し代表に就任。加えて、M&Aにおける利益相反や情報格差の是正を目的とし、代表理事として一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会を設立。
M&A仲介トラブルの全体像と近年の動向

中小企業のM&Aは、後継者不在問題の解決策として急速に普及し、成約件数は近年増加傾向にあります。それに伴い、仲介会社を巡るトラブルも増加しており、2024年8月30日に中小企業庁が「M&Aに関するトラブルにご注意ください」と題した注意喚起を公式に発表するに至りました。同日、経済産業省は「中小M&Aガイドライン(第3版)」の改訂を発表しており、トラブル防止に向けた支援機関の説明責任や手数料開示の強化などが明記されています。
こうしたトラブルの中には、成約後に発覚する事例も多く見られます。M&Aのプロセスは複雑で長期にわたり、専門知識なしには全貌を把握しにくい構造になっています。そのため、「気づいたときにはすでに手遅れ」というケースが後を絶ちません。
トラブルが発生しやすい場面は大きく3つです。成約前の情報提供・交渉段階、意向表明書や基本合意書、最終契約書の締結段階、そしてクロージング後の移行・引き継ぎ段階です。それぞれの段階で異なる種類のリスクが潜んでいるため、プロセス全体を通じた注意が必要です。
売り手が巻き込まれるM&A仲介トラブルの主な事例

個人保証(経営者保証)が解除されなかった事例
会社売却後も、売り手オーナーが会社の借入金に対する個人保証(経営者保証)を負い続けるケースは、中小企業庁のトラブル事例にも取り上げられた深刻な問題です。「成約後に保証を解除する」と口頭で説明を受けていたものの、契約書への明記がなく、クロージング後に買い手がこれを履行しないまま放置されるケースが発生しています。
個人保証の解除は金融機関との交渉が必要であり、買い手側の信用力や資金力によっては解除が困難なこともあります。売り手にとっては、自社を売却した後も多額の債務保証リスクを抱え続けることになるため、経済的・精神的なダメージは甚大です。
譲渡対価の分割払いが履行されなかった事例
株式の譲渡対価(売却代金)を分割払いとする契約を結んだものの、買い手の経営状況の悪化や資金繰りの問題によって、後払い分が支払われないというトラブルがあります。退職慰労金の後払い条件なども同様のリスクをはらんでいます。
買い手の支払い能力・信用力の事前確認と、契約書における支払い条件の厳格な明文化がなければ、売り手は法的手続きに訴えるほかなく、時間的・費用的なコストを負担させられることになります。
買い手による対象会社の資金吸い上げ
複数の企業を買収してきた実績を持つ「ストロングバイヤー」に見せかけた問題のある買い手が、成約後に対象会社の資金を本社へ集中管理と称して吸い上げ、実質的に企業価値を毀損するケースも報告されています。
この手口は、買い手が意図的に売り手を欺くケースと、PMI(買収後の経営統合)の失敗によって結果的に生じるケースの両方があります。売り手の立場からすれば、大切に育ててきた会社と従業員を守るためにも、こうしたリスクは事前に把握しておく必要があります。
情報の非開示・説明不足による認識の相違
「そんな話は聞いていなかった」「契約書にそんな条件が入っていたとは知らなかった」というケースも少なくありません。売り手が不利になる可能性のある条項、たとえば表明保証(M&A成立時に売り手が買い手に対して会社の状況について保証する条項)に関連するリスクや、クロージング後の役員継続義務・競業避止義務などについて、十分な説明がなされないまま契約が締結されることがあります。
利益相反構造から生じる仲介トラブル
M&A仲介では、売り手・買い手の双方から手数料を受け取る形態(いわゆる「両手取引」)が存在します。手数料体系は仲介会社によって異なりますが、この形態では、仲介会社が早期成約によって双方から報酬を得る経済的インセンティブを持つ場合があり、利益相反が生じる可能性があります。
この利益相反構造が、売り手にとって不十分な条件での成約や、リスク情報の不十分な説明につながることがあります。仲介会社を批判するわけではありませんが、この構造を理解した上で自ら情報収集・判断する姿勢が売り手には求められます。
M&A仲介トラブルが発生する根本原因

情報の非対称性
M&A仲介のトラブルを語る上で欠かせないのが「情報の非対称性」です。仲介会社は多数の案件を経験しており、取引プロセス・相場・リスクに関する知識が豊富です。一方、多くの売り手経営者にとってM&Aは「一生に一度の取引」であり、プロセス全体を俯瞰するだけの情報・経験が不足しています。
この情報格差が、不利な条件を見逃す、重要な交渉ポイントを見落とす、といった事態を招きます。
デューデリジェンス(DD)の理解不足
デューデリジェンスとは、買い手が成約前に対象会社の財務・法務・税務・人事などの実態を調査するプロセスです。売り手にとって重要なのは、このDDで発覚した問題が価格調整や表明保証違反の根拠として後から使われる可能性があるという点です。
DD対応を軽視したり、開示資料の内容を十分に確認しないまま提供したりすると、成約後に思わぬ責任を問われるリスクがあります。
契約条件の確認不足
意向表明書は買い手が売り手に買収意向を示す書面で、その後の交渉を経て締結される基本合意書(LOI・MOU)はデューデリジェンス前に双方の条件認識を確認する重要な書面です。いずれも「まだ最終ではないから」と軽視されがちですが、それぞれが成約条件の方向性を大きく規定するため、この段階での見落としが最終契約書に反映されることがあります。最終契約書においても、専門家による法的チェックなしに署名してしまうことで、不利な条項を見逃すリスクが生じます。
買い手の信用力・資金力の確認不足
買い手の財務状況・過去のM&A実績・経営体制について十分な調査がなされないまま成約に至ることも、トラブルの一因です。見た目の規模や実績件数だけで判断すると、実際の資金力が伴っていないケースも存在します。
問題のある買い手・仲介会社を見分けるチェックポイント

以下の特徴に該当する場合は、慎重な確認が必要です。
買い手に関するチェックポイント
- 多数の企業を次々に買収しているが、買収後の経営実態が不明確
- 個人保証の解除について具体的なスケジュールや手続きを説明できない
- 対象会社の事業・従業員への関心が薄く、財務数値のみに着目している
- 資金調達の根拠・調達先が不明確
- 成約を急かす言動や、契約内容についての質問に曖昧な回答をする
仲介会社との関係で注意すべき点
- こちらの質問に対して明確な回答が返ってこない
- 「早く決めないと他の買い手に取られる」など、焦りを煽る言動がある
- 手数料の計算根拠・体系について明確な説明がない
- 自分たちに不利な条件や交渉ポイントについて自ら説明しない
- 売り手側の利益よりも、成約スピードを優先しているように感じられる
こうした場面に直面したとき、「おかしいな」と感じたら一人で抱え込まず、第三者の専門家に確認することをお勧めします。M&Aインサイト(M&Aセカンドオピニオン)では、完全無料・成功報酬なしで、売り手経営者の視点からM&Aの進め方や条件についての相談を受け付けています。
M&A仲介トラブルを未然に防ぐための実践的な対策

買い手の信用力を事前に調査する
成約前に、買い手の財務状況・過去のM&A実績・資金調達の裏付けについて可能な限り調査することが重要です。仲介会社から提供される情報だけでなく、第三者を通じた確認も有効です。
中小M&Aガイドライン(第3版)では、支援機関が買い手を含む適切な調査・確認を行い、その内容を売り手側にわかりやすく説明することが重要とされています。一つの参照基準として活用できます。
個人保証解除の条件を契約書に明記する
経営者保証の解除は、「成約後に対応する」という口頭の約束では不十分です。解除の完了を成約条件または事後の義務として契約書に明記し、履行されない場合の取り扱いについても定めておく必要があります。
保証解除の実現には、個別の金融機関との交渉・合意が必要です。中小企業庁や金融庁が推進する「経営者保証改革プログラム」は、経営者保証に依存しない融資慣行の確立を後押しする制度的枠組みであり、交渉の背景知識として活用できます。早い段階から仲介担当者と金融機関に相談を始めることが重要です。
対価の支払い条件を厳格に取り決める
譲渡対価を全額一括払いにするのが最もリスクが少ない形ですが、分割払いにする場合は、支払いスケジュール・担保・遅延時のペナルティを契約書で明確に規定することが不可欠です。買い手の信用力に不安がある場合はエスクロー(第三者預託)の活用も選択肢に入ります。
エスクローとは、当事者間で争いが生じた場合に備えて、第三者機関が資金を一時的に預かる仕組みです。中小M&Aでは一般的ではありませんが、リスクが高いケースでは検討する価値があります。
専門家による契約書チェックを受ける
意向表明書・基本合意書・最終契約書は、M&Aに精通した弁護士・公認会計士・税理士など独立した専門家によるレビューを受けることが重要です。表明保証の範囲・競業避止義務の期間・価格調整条項などは、後々のトラブルになりやすいポイントです。
仲介会社が提示する契約書のドラフトは、あくまでも出発点です。「こういうものだから」と言われても、疑問点や不明点は必ず確認してください。
デューデリジェンスの開示資料を慎重に準備する
買い手側のDDに提供する資料の内容は、その後の表明保証の前提にもなります。財務・法務・税務・労務上の問題や懸念点がある場合は、専門家と相談の上、開示のタイミングと方法を検討する必要があります。「知らなかった」では済まないケースも多いため、開示資料の準備には十分な時間と専門家の助言を確保してください。
トラブルが発生したときの対応と相談先

冷静に事実確認と証拠保全を行う
トラブルが発生した場合、まず行うべきは事実確認と証拠の確保です。メール・契約書・議事録・録音など、経緯を示す客観的な証拠を整理・保全しておくことが、後の交渉や法的手続きにおいて不可欠です。感情的な対応や性急な行動は、かえって問題を複雑にすることがあります。
早期に専門家へ相談する
問題が小さいうちに専門家に相談することで、選択肢が広がります。相談先としては以下が挙げられます。
- 弁護士:契約上の問題・損害賠償請求・交渉代理などについて相談できます。日本弁護士連合会の「ひまわりほっとダイヤル」では、全国の弁護士に相談することができます。
- 各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センター:中小企業のM&Aを公的に支援する機関であり、中立的な立場からアドバイスを受けることができます。
- M&Aセカンドオピニオン:現在のM&A進行状況について第三者の専門家に確認を求めることで、問題の所在と対応策を整理することができます。
M&Aに関する問題は複雑で、複数の専門分野にまたがることがほとんどです。一つの相談先だけで解決しようとせず、必要に応じて複数の専門家の意見を参照することが重要です。
M&Aを安全に進めるために——「情報格差」を埋めることが最大の対策

M&A仲介を巡るトラブルの多くは、売り手経営者とプロとの「情報格差」から生まれます。仲介会社や買い手を過度に疑う必要はありませんが、自らも十分な情報と判断基準を持った上で交渉テーブルに着くことが、売り手を守る最善の手段です。
「この条件は妥当なのか」「このプロセスは標準的なのか」「契約書にこんな条項が入っているが問題ないのか」——そうした疑問を持ちながら進めることが、トラブルを防ぐ第一歩です。
M&Aセカンドオピニオンは、現在M&Aを進めている経営者が「今の進め方・条件・交渉状況が適切かどうか」を第三者の専門家に確認できるサービスです。完全無料・成功報酬なしで提供しており、売り手に100%寄り添う立場から、中立的なアドバイスをお届けします。
「すでに仲介会社と契約している」「成約間近だが不安がある」という段階でも相談可能です。少しでも疑問や不安を感じている方は、ぜひ一度ご活用ください。
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当サイト(M&Aインサイト)では、以下のようなご相談をお受けしています。
- 現在受けているM&Aの条件・進め方が適切かどうか確認したい
- 仲介会社との契約内容に疑問点があり、第三者の目でチェックしてほしい
- 買い手の信用力・買収後の対応に不安があり、相談したい
- M&Aを初めて進めており、全体の流れと注意点を理解したい
監修は、日本M&Aセンター出身でM&A成約実績100件超の森沢雄太氏(一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会 代表理事)が担当。完全無料・成功報酬なしで、経営者の皆様の「安全なM&A」をサポートします。
