© 2026 M&Aプロ.
M&Aの基本合意書(MOU)とは?締結タイミング・記載内容・注意点を徹底解説

M&Aを検討し始めた経営者が、交渉の終盤に近づくにつれて突きつけられる書面がある。「基本合意書に署名をお願いします」——そのひとことに、多くの売り手オーナーは戸惑いを覚えます。「最終契約書とは何が違うのか」「署名したら後に戻れないのか」「どの条項が法的に拘束されるのか」。不安はつきません。
M&Aのプロセスにおいて、基本合意書(MOU)はもっとも誤解されやすい書面のひとつです。法的拘束力がほぼないとはいえ、独占交渉権など一部の条項は拘束力を持ち、署名後の選択肢を狭める可能性があります。にもかかわらず、その内容を十分に吟味せずサインしてしまう売り手経営者は少なくありません。
そこで本記事では、基本合意書の定義と目的から、記載事項の詳細・法的拘束力の範囲・締結時の注意点まで、売り手オーナーの視点で実務に即して解説します。M&Aプロセスの全体像における基本合意書の位置づけを正しく理解することで、締結後に後悔しない意思決定につながるはずです。
この記事の監修者

森沢 雄太
一般社団法人
M&Aセカンドオピニオン協会
代表理事
外資系銀行でのウェルスマネジメント業務を経て、日本M&Aセンターに入社。譲渡側アドバイザーとして100件超の成約に関与し、野村證券出向や福岡支店立ち上げも経験。2018年に日本投資ファンド立ち上げに参画し、投資先の再生にも成功。2022年、合同会社M&Aプレップを創業し、仲介会社・ファンドへの支援やオーナー向け売却準備、買収支援など幅広く展開。2024年には売却支援事業拡大のため株式会社企業経営支援機構を設立し代表に就任。加えて、M&Aにおける利益相反や情報格差の是正を目的とし、代表理事として一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会を設立。
基本合意書(MOU)とは何か

基本合意書は、M&Aにおいて買い手と売り手が大筋の条件について合意した内容を文書化したものです。英語では Memorandum of Understanding(略してMOU)と呼ばれ、日本語では「基本合意書」「基本合意契約書」「了解覚書」などと表記されます。なお、M&A実務では LOI(Letter of Intent:意向表明書)という用語も頻繁に登場しますが、LOIとMOUはそれぞれ異なる文書として区別するのが一般的です。両者の違いについては後述します。
M&AのプロセスはNDA(秘密保持契約)の締結→企業概要書の開示→トップ面談→基本合意書の締結→デューデリジェンス(DD)→最終交渉→最終契約書の締結→クロージングという順序で進みます。基本合意書はこの流れの中で「大まかな条件合意の証明」として機能し、最終契約へ向けた詳細作業の入口となります。
基本合意書を締結する目的
基本合意書を締結する目的は、大きく分けて三つあります。
一つ目は、重要論点の合意形成です。買収価格の概算・M&Aのスキーム(株式譲渡か事業譲渡か等)・従業員や役員の処遇方針・デューデリジェンスの実施範囲など、後の詳細交渉の前提となる事項について双方の認識をすり合わせ、書面として残します。
二つ目は、デューデリジェンスへの移行を正式化することです。デューデリジェンスとは、買い手が売り手の財務・税務・法務・労務・IT・ビジネス面について、士業などの専門家を起用して詳細に調査するプロセスです。売り手にとっては内部情報の大規模な開示が求められるため、その前提として独占交渉権や秘密保持義務を書面で合意しておくことが不可欠です。
三つ目は、買い手にとっての交渉上の安心感の確立です。デューデリジェンスには相当なコストと工数がかかります。買い手は「調査中に他の相手と並行交渉されるリスク」を排除したいため、独占交渉権の設定を強く求めます。売り手はこの点を正確に理解したうえで、条件の妥当性を慎重に判断する必要があります。
基本合意書・LOI・MOUの呼称の違い
実務では「MOU」「LOI」「基本合意書」「基本合意契約書」という呼称が混在して使われることがあります。ただし、厳密には各文書の性格や締結タイミングは異なります。おおむね以下のように整理できます。
| 呼称 | 特徴 | 拘束力の程度 |
|---|---|---|
| LOI(意向表明書) | 買い手が売り手に対して買収意向を一方的に示す書面。トップ面談の前後に提示されることが多い | 原則として法的拘束力なし |
| MOU(基本合意書) | 双方が合意した条件を記載。デューデリジェンス開始前の締結が一般的 | 一部条項(独占交渉権・秘密保持義務等)に法的拘束力を持たせることが多い |
| 基本合意契約書 | MOUより踏み込んだ内容を契約形式で記載。一部の案件で使用 | MOUより拘束範囲が広い傾向 |
なお、実務上はアドバイザーや機関によってLOIとMOUをほぼ同義として扱うケースもあります。日本M&Aセンターなど仲介会社の資料でも「基本合意書(LOI/MOU)」と並記されることがあるため、手元の書類がいずれの呼称であっても、その内容と法的拘束力の範囲を確認することが重要です。中小企業M&Aでは本記事では「基本合意書」で統一します。
M&Aプロセスにおける基本合意書の位置づけ

基本合意書がM&Aの全体フローのどこに位置するかを把握しておくことは、売り手経営者にとって重要です。
M&Aプロセスと基本合意書の関係
M&Aの一般的な流れを整理すると、以下のとおりです。
| ステップ | 内容 | 目安期間 |
|---|---|---|
| ①相談・方針決定 | M&Aアドバイザー(仲介・FA)の選定、大まかな希望条件の整理 | 1〜3か月 |
| ②企業概要書作成 | IM(インフォメーション・メモランダム)と呼ばれる企業概要書の作成 | 1〜2か月 |
| ③候補先へのアプローチ | ノンネームシートによる打診、関心のある買い手候補へのIM開示 | 1〜3か月 |
| ④トップ面談 | 売り手経営者と買い手経営者が直接面談。経営方針・従業員処遇・将来像などを確認 | 数週間〜2か月 |
| ⑤基本合意書の締結 | 大筋の条件合意を書面化。独占交渉権の設定が発生する | 1〜4週間 |
| ⑥デューデリジェンス | 買い手側専門家による財務・法務・税務・労務等の調査 | 1〜3か月 |
| ⑦最終交渉・最終契約書締結 | DD結果を踏まえた最終価格・条件の確定。最終契約書への署名 | 1〜2か月 |
| ⑧クロージング | 株式・対価の受け渡し。M&Aの成立 | 数週間〜1か月 |
全体の所要期間は案件によって異なりますが、小規模のM&Aでも概ね6か月〜1年程度が目安です。基本合意書の締結はプロセスの中盤であり、このタイミングから売り手の選択肢が絞られていきます。
意向表明書(LOI)との違い
意向表明書は、買い手が売り手に対して「買収に関心がある」と意思表示するための書面です。トップ面談の前後に提示され、買収希望価格や方針の概要が記載されます。一方的な文書であることが多く、法的拘束力は原則として発生しません。
基本合意書は、意向表明書での打診を受けてトップ面談で詳細協議を行った後、双方の合意として作成される書面です。一方的な「意向」から双方向の「合意」へと性格が変わる点が大きな違いです。
最終契約書(DA)との違い
最終契約書(Definitive Agreement: DAと略されることが多い)は、M&Aを確定させる法的拘束力のある契約書です。株式譲渡であれば株式譲渡契約書(SPA)、事業譲渡であれば事業譲渡契約書がこれに当たります。最終契約書への署名(Signing)後、独占禁止法上の届出・許認可の取得など所定の前提条件が充足された段階でクロージング(株式・対価の交付)が行われ、取引が実行されます。SigningとClosingは別の概念であり、署名時点で即座に取引が完了するとは限らない点に注意が必要です。
基本合意書との主な違いは、拘束力の強さと確定性にあります。
| 比較項目 | 基本合意書(MOU) | 最終契約書(DA/SPA等) |
|---|---|---|
| 締結タイミング | DDの前(条件大枠を合意) | DDの後(条件を確定) |
| 法的拘束力 | 原則なし(一部条項を除く) | 全条項に法的拘束力あり |
| 価格の確定性 | 概算・目安 | 確定金額 |
| 条件の変更可能性 | DDの結果次第で変更あり | 原則変更なし |
| 記載の詳細度 | 骨子・大枠 | 詳細条項・表明保証等を含む |
基本合意書は「M&Aの地図」であり、最終契約書は「M&Aの確定判決」と理解するとわかりやすいでしょう。
基本合意書の記載内容

基本合意書に記載される項目は案件ごとに異なりますが、実務上は以下の項目が標準的に盛り込まれます。
買収対象と取引スキーム
売り手のどの部分を買い手に譲渡するかを明確にします。
株式譲渡の場合は、譲渡する株式の種類・数量・割合(100%取得か、一部取得かなど)を記載します。事業譲渡の場合は、対象となる事業の範囲と、移転する資産・負債・契約の概要を明記します。会社分割や合併など複数スキームの組み合わせが検討される場合は、その方向性も示されます。
スキームはM&Aにかかる税負担・手続き・引き継がれるリスクの範囲に大きく影響します。どのスキームが自社の状況に適しているかは、税理士や弁護士に確認することが重要です。
買収価格(譲渡価格の概算)
基本合意書段階では、最終的に確定した金額ではなく、「○億円程度」「○億円から○億円の範囲内」という概算価格として記載するのが一般的です。価格算定の根拠として使用した評価手法(純資産法・DCF法・EBITDAマルチプル法・年買法など)を併記するケースもあります。
DDの結果によって価格が変動する可能性がある旨も、通常は明記されます。売り手にとっては「この金額はあくまで目安」であることを認識したうえで署名することが大切です。
デューデリジェンスに関する事項
デューデリジェンス(DD)の実施について、売り手の協力義務が規定されます。具体的には、財務資料・契約書類・従業員情報などの開示への協力、買い手側調査チームとの面談対応などが含まれます。
DDの範囲(財務DD・法務DD・税務DDなど)や期間の目安、開示情報の取り扱い方法についても合意内容に含まれることがあります。
独占交渉権の付与
独占交渉権とは、基本合意書の締結後から一定期間、売り手が当該買い手との交渉に専念し、他の候補先との交渉や協議を行わない義務を負うことで、買い手が得る契約上の地位です。買い手がDDに投下するコスト・時間・労力を保護するために設定されます。
独占交渉期間は仲介会社の公開資料などによると1〜3か月程度の設定が多く見られますが、案件の複雑さによって延長されるケースもあります。この条項は通常、法的拘束力を持つ条項として設定されます。
売り手にとっての独占交渉権のデメリットは、この期間中に他の買い手候補との交渉ができなくなる点です。万一DDの結果として買い手が条件を大幅に引き下げたり撤退したりした場合、独占交渉期間中に時間を失うリスクがあります。そのため、独占交渉期間の長さや、交渉が不調に終わった場合の取り扱いについて、署名前に慎重に検討することが重要です。
なお、Fiduciary Out条項(受託者義務例外条項)と呼ばれる、より有利な条件の第三者から提案があった場合に独占交渉権を解除できる条項が設けられることもあります(主に上場企業の案件で見られます)。
秘密保持義務
基本合意書においても、秘密保持義務は明記されます。NDA(秘密保持契約)を別途締結していることが多いため、基本合意書では「これまで合意した秘密保持義務を引き続き遵守する」旨の確認的な記載か、改めて詳細な秘密保持条項を設けるかのいずれかが一般的です。
秘密保持義務は法的拘束力を持つ条項として設定されることが多く、違反した場合には損害賠償請求の対象となり得ます。
従業員・役員の処遇
M&Aにおいて売り手が最も気にかける事項のひとつが、従業員と役員の処遇です。基本合意書では、雇用の継続・給与水準・役員の去就(退任か留任か)・退職金の取り扱いなどについて、方向性を合意します。
この段階では「大筋の方針」にとどまり、具体的な条件は最終契約書や雇用契約の変更によって確定します。従業員保護に関する内容は売り手の強い関心事であるため、希望条件をこの段階で明確に書面に残しておくことが重要です。
スケジュール
DDの開始日・完了目標・最終契約書の署名目標・クロージング目標など、今後のM&Aプロセスのスケジュール感を合意します。ビジネスの繁忙期・決算期・行政手続きのタイミングなどを考慮したうえで設定することが求められます。
善管注意義務(コベナンツ)
基本合意書の締結から最終契約書のクロージングまでの間、売り手は会社を通常どおり誠実に経営し、事業価値を毀損するような行為(重要資産の処分・大口顧客との取引停止・多額の借入の実行など)を行わないという義務が規定されることがあります。これは実務上「コベナンツ(事業運営に関する行為制限条項)」と呼ばれることが多い内容です。法的な善管注意義務(会社法上の概念)とは別の文脈ですが、記事後半のFAQや一部箇所では「善管注意義務」という表現も使われているため、「締結後に事業を適切に運営し価値を維持する義務」と理解しておいてください。
クロージング条件と有効期限
最終的なM&A成立の前提条件(独占禁止法上の届出・許認可の取得・重大な事情変更がないことなど)を定める場合があります。また、基本合意書自体の有効期限(例:締結日から○か月)が設けられることもあります。
法的拘束力の有無の明示
後述するとおり、基本合意書は原則として法的拘束力を持ちません。そのため「本書の各条項のうち、第○条(独占交渉権)および第○条(秘密保持義務)は法的拘束力を持つものとし、その他の条項は法的拘束力を持たない」といった形で、拘束力の有無を明記することが多く見られます。
基本合意書の法的拘束力

原則として法的拘束力を持たない
基本合意書は、最終契約書とは異なり、原則として法的拘束力を持ちません。これは、M&Aにおいて基本合意書の締結後にデューデリジェンスを実施するため、その結果次第で条件が変わる可能性があるからです。
たとえば、基本合意書で合意した買収価格が「3億円程度」と記載されていても、DDで多額の簿外債務や法令違反が発見された場合、価格を引き下げることが認められます。仮に基本合意書のすべての条項が法的拘束力を持つとすれば、この柔軟な条件調整ができなくなってしまいます。
一部条項には法的拘束力が付与される
前述のとおり、独占交渉権と秘密保持義務の二条項は、法的拘束力を持つ条項として設定することが一般的です。実務上ほとんどの案件でこのアプローチが採られており、日本M&Aセンターをはじめとする仲介会社でもこれが標準的な実務とされています。
この二つの条項に法的拘束力を持たせる理由は明確です。独占交渉権は買い手がDDコストを安心して投下するためであり、秘密保持義務は開示された機密情報を守るためです。いずれも、M&Aプロセスを円滑かつ公正に進めるうえで不可欠な前提条件といえます。
法的拘束力が問題になった事例
法的拘束力のある独占交渉権が争点になった事例として、住友信託銀行対UFJホールディングス事件(2004年)があります。UFJホールディングスが住友信託銀行との間で基本合意書を締結したにもかかわらず、三菱東京フィナンシャル・グループとの協議を開始したことを受け、住友信託銀行が差止仮処分命令の申し立てや損害賠償請求を提起した事件です。
裁判の経緯は複雑で、東京地裁は住友信託の仮処分申し立てを認容しましたが、東京高裁はこれを取り消し、最終的に最高裁も住友信託の抗告を棄却しています。ただし、独占交渉権の条項が法的拘束力を有する義務を構成する点については、各裁判所とも一致して認めており、争点は「差止めの必要性」にありました。損害賠償に関する本訴は和解等により終結しています。
この事例が業界に残した重要な教訓は、「基本合意書の独占交渉権条項は法的拘束力を持ち、違反した場合には損害賠償等の法的リスクが生じ得る」という点です。売り手側においても、基本合意書に署名した後は独占交渉権の条項を安易に無視できないことを理解しておく必要があります。
基本合意書を省略してはいけない理由

中小企業のM&Aでは、「短期間に2度の契約が必要なのか」「法的拘束力がないなら意味がないのでは」という声が当事者から聞かれることがあります。ごく小規模の案件やスピード感のある相対取引などでは省略されるケースも一定数存在しますが、多くの案件では基本合意書を締結することが推奨されており、M&Aの実務においても標準的なプロセスとされています。
その理由として最も重要なのは、独占交渉権と秘密保持義務の明確化です。この2点を書面で合意した上でデューデリジェンスに進むことが一般的です。デューデリジェンスでは売り手の機密情報が大量に開示されます。秘密保持義務が書面化されていなければ、仮に交渉が破談になっても情報が悪用されるリスクに対して法的な保護が弱くなります。
また、基本合意書を省略すると、双方の認識のズレが顕在化しないままDDが進み、DD後の最終交渉で大きな食い違いが発覚することがあります。この段階でのゼロからの交渉は、時間・コスト・心理的負担において双方に大きな損失をもたらします。
基本合意書は、M&Aの「約束の地図」です。省略することで節約できる時間は限定的である一方、省略によって生じるリスクは軽視できません。
基本合意書の締結前に売り手が確認すべきチェックリスト

基本合意書への署名前に、以下の点を必ず確認してください。
- 独占交渉権の期間が適切か(長すぎる設定になっていないか)
- 独占交渉期間中に買い手が撤退した場合の取り扱いが明記されているか
- 法的拘束力を持つ条項と持たない条項が明確に区別されているか
- 譲渡価格の概算がDDの結果で変動し得ることが記載されているか
- 従業員の雇用継続・処遇に関する方針が自分の希望と整合しているか
- 秘密保持義務の範囲と期間が明確か
- スキーム(株式譲渡・事業譲渡等)の方向性に問題がないか
- スケジュールが自社の業務運営・決算期と整合しているか
- 善管注意義務の内容が過度に経営を縛るものでないか
- 弁護士・税理士などの専門家のレビューを受けたか
特に、独占交渉権の期間と法的拘束力の範囲は、後の選択肢に直結します。アドバイザーから「これが標準です」と説明された場合でも、自社の状況と照らして納得いくまで確認することが大切です。
基本合意書の交渉で売り手が留意すべきポイント

独占交渉権の期間と内容は交渉できる
独占交渉権は「買い手が要求するもの」であり、その期間・内容は交渉の余地があります。一般的な期間は1〜3か月程度とされることが多く、案件の規模・複雑さ・DDの予定範囲によって適切な期間は異なります。不当に長い期間を求められた場合は、合理的な期間に修正を求めることができます。
また、万一DDが完了する前に買い手が撤退を通知した場合に独占交渉権が終了する旨の規定を入れることで、売り手のリスクをある程度軽減できます。
概算価格の記載方法に注意する
基本合意書に記載される概算価格は、その後の交渉の「アンカー」として機能することがあります。買い手は「基本合意書の価格が交渉の出発点」という姿勢でDDに入り、DD後に減額提案(プライスダウン)をしてくることがあります。価格の幅・前提条件・価格変動の許容範囲について明確にしておくことが重要です。
公表のタイミングを明確にする
上場企業が関与する案件では、適時開示の義務が生じる場合があります。非上場企業間の案件でも、取引先・従業員・金融機関への情報開示のタイミングについて事前に合意しておくことで、不必要な混乱を防げます。
弁護士への相談を早めに行う
基本合意書は「法的拘束力が薄い」という性質から、専門家への相談が後回しになりがちです。しかし、独占交渉権の設定タイミングから弁護士・税理士が関与することで、条文の曖昧さによるトラブルを事前に防ぐことができます。
基本合意書の雛形(テンプレート)の考え方

実務では、仲介会社やアドバイザーが準備した雛形を用いることが多いですが、売り手としてその内容を理解しておくことが重要です。一般的な基本合意書の骨子は以下のような構成になります。
前文: 当事者の名称・基本情報、M&Aの基本的な方向性の確認
第1条(取引の概要): 買収対象・スキーム・目的
第2条(買収価格の概算): 概算価格と算定根拠・変動条件
第3条(デューデリジェンス): DD実施の合意と売り手の協力義務
第4条(独占交渉権)〔法的拘束力あり〕: 期間・禁止行為・違反した場合の扱い
第5条(秘密保持義務)〔法的拘束力あり〕: 対象情報・禁止行為・違反時の損害賠償
第6条(善管注意義務): 通常業務の継続義務・重要事項の事前協議
第7条(従業員・役員の処遇): 雇用継続の方針・役員の去就
第8条(スケジュール): 今後のプロセスの目安
第9条(公表): 情報開示のタイミングと範囲
第10条(有効期限): 基本合意書の有効期間
第11条(法的拘束力の範囲): 拘束力を持つ条項と持たない条項の明示
末尾: 日付・当事者の署名・捺印
なお、公的機関や専門書から提供される雛形は参考情報として活用できますが、実際の締結にあたっては必ず弁護士・税理士などの専門家が内容を確認したうえで使用してください。個々の案件の状況によって必要な条項は異なります。
基本合意書の実務における独自の論点

複数候補先が存在する場合の対応
複数の買い手候補からオファーがある場合、どの時点で独占交渉権を設定するかは戦略的な判断を要します。早期に一社に絞って独占交渉権を付与すると交渉力を失う可能性がある一方、複数並行交渉を長引かせると候補先の意欲が低下するリスクもあります。複数候補の存在は売り手にとって価格・条件面での交渉力を高める重要なレバーですが、基本合意書に署名した後はこのレバーが失われます。
中小企業における個人保証の解消
中小企業の売り手が経営者として連帯保証(経営者保証)を負っている場合、M&Aによる保証解消が重要な関心事となります。基本合意書では「クロージング後に売り手個人の保証を解除すること」を条件として明記するケースがありますが、金融機関との協議が必要であるため、不確実要素として扱われることもあります。売り手は早い段階でこの点を取り扱い金融機関に確認することが実務上のベストプラクティスです(中小企業庁が推進する「経営者保証に関するガイドライン」も参照してください)。
デジタル化と電子契約の活用
近年、M&Aにおける契約書の電子化が進んでいます。電子署名を活用した基本合意書の締結は、物理的な移動が不要となり、迅速な締結が可能です。印紙税については、国税庁の見解によれば電子データによる契約は印紙税の課税対象外とされており(印紙税法上の「文書」に電磁的記録は含まれないため)、電子契約の活用によって印紙税コストを削減できます。ただし、電子帳簿保存法への対応や、紙と電子の混在管理など実務上の留意点がありますので、導入にあたっては専門家への確認をお勧めします。
よくある質問(FAQ)
Q1. 基本合意書に署名したら、もうM&Aを辞めることはできないのですか?
基本合意書は原則として法的拘束力を持たないため、独占交渉権や秘密保持義務などの拘束条項を除けば、法的にM&Aを強制されるわけではありません。ただし条項の内容次第では、撤退や違反によって損害賠償責任が生じる可能性があります。また、基本合意書への署名はその後のプロセスへの強いコミットメントを意味し、実務上は撤退の難易度が上がります。独占交渉権の有効期間中は他の相手との交渉ができず、交渉を打ち切る場合には双方に相応のコスト・信頼損失が生じます。
Q2. 基本合意書の独占交渉権の期間中に、もっと良い条件の買い手が現れた場合はどうなりますか?
原則として、独占交渉権が有効な期間中は別の買い手と交渉することはできません。仮にFiduciary Out条項(受託者義務例外条項)が設けられていれば一定の対応が可能ですが、この条項は主に上場企業の案件で用いられ、中小企業案件では一般的ではありません。独占交渉期間中に有利な条件の第三者が現れた場合のリスクを考慮した上で、基本合意書への署名前に独占交渉期間の長さを慎重に交渉することが重要です。
Q3. 基本合意書の内容はDDの結果で変わる可能性がありますか?
はい、特に買収価格はDDの結果次第で変動することがあります。DDで重大な問題(簿外債務・訴訟リスク・環境問題・重要契約の解除リスクなど)が発覚した場合、買い手は価格の引き下げや条件変更を求めてくることがあります。基本合意書の時点での価格はあくまでも「概算」であり、DDを経て確定する最終価格とは異なる可能性があることを認識したうえで署名してください。
Q4. 基本合意書を自分でレビューするだけでは不十分ですか?
一般的に、基本合意書の内容は法律・税務・M&A実務に関する専門知識がなければ正確に評価することが難しい部分があります。特に独占交渉権の範囲・有効期限・違反した場合の効果、法的拘束力を持つ条項の判定は、弁護士のレビューを受けることが強く推奨されます。「アドバイザーがついているから大丈夫」と考えがちですが、仲介会社のアドバイザーは原則として双方の利益を調整する立場であり、売り手の利益のみを代理する立場ではありません。セカンドオピニオンとして中立的な第三者の意見を得ることも選択肢の一つです。
Q5. 中小企業のM&Aでも必ず基本合意書を作成するのですか?
ごく小規模の案件や相対取引など特定の条件下では省略されるケースも一定数存在しますが、多くの案件では基本合意書を作成・締結することが推奨されます。独占交渉権と秘密保持義務の2点について書面で取り扱いを整理した上でDDへ進むことが一般的です。小規模な案件だからこそ、書面によるプロセスの整理と合意の確認が後のトラブル防止につながります。
Q6. 基本合意書の締結後に売り手が気をつけるべきことはありますか?
善管注意義務(事業運営を通常どおり継続し価値を毀損しない義務)の遵守が求められます。具体的には、主要な資産の処分・重要な契約の解除・多額の借入の実施・主要取引先との関係悪化などは、事前に買い手へ通知・協議する必要があります。また、DDに向けた資料の準備と正確な情報開示が求められます。不正確な情報を開示すると、最終契約書における表明保証違反として問われるリスクがあります。
Q7. 基本合意書に関連する費用はかかりますか?
基本合意書自体の作成費用は、通常はアドバイザー(仲介会社またはFA)が担当します。弁護士に内容のレビューを依頼する場合は別途報酬が発生します。印紙税については、電子契約で締結した場合は国税庁の見解により課税対象外となります。紙の書面で締結した場合は文書の内容・形式により課税対象になり得るため、税理士・弁護士に確認することをお勧めします。
M&Aプロセスで基本合意書への署名に迷ったときの対処法

M&Aの交渉が進む中で、「この条件で署名していいのか」「アドバイザーの説明だけでは判断できない」という不安を覚える売り手経営者は少なくありません。
特に基本合意書は、内容の大部分に法的拘束力がないため「あまり深く考えなくていい」という雰囲気になりがちです。しかし、独占交渉権の設定によってその後の選択肢が絞られ、概算価格が交渉の基準値になるという現実があります。
このような局面で有効なのが、M&Aの進行に中立的な立場で関与できる第三者専門家への相談です。M&Aインサイトでは、売り手に100%寄り添うM&Aセカンドオピニオンを完全無料・成功報酬なしで提供しています。基本合意書の内容についての疑問点、独占交渉権の条件の妥当性、弁護士・税理士への相談の必要性など、M&Aプロセスの中で生じる迷いに、中立的な視点からアドバイスを行います。
まとめ
M&Aにおける基本合意書(MOU)は、デューデリジェンスの前に大筋の条件を書面化するための合意書です。最終契約書とは異なり原則として法的拘束力を持ちませんが、独占交渉権や秘密保持義務などの条項については法的拘束力を持たせることが多く、実務上も一般的です。
売り手にとって特に重要なのは、独占交渉権の期間と内容です。この条項に署名した後はその期間中に他の相手と交渉することができなくなるため、内容を十分に確認したうえで署名することが求められます。また、DDの結果によって価格が変動する可能性があること、善管注意義務が発生することも念頭に置いてください。
基本合意書は省略すべきでなく、むしろ売り手にとって自分の条件・希望を書面として残す重要な機会です。弁護士・税理士などの専門家によるレビューと、必要に応じた中立的なセカンドオピニオンの活用を、ぜひ検討してください。
M&Aの契約内容に不安を感じる売り手の方は、M&Aインサイトの無料相談をご利用ください。完全無料・成功報酬なし・売り手に100%寄り添う立場で、専門家が中立的にアドバイスします。