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ホテル・旅館のM&A完全ガイド|売却の流れ・相場・手法・成功のポイントを解説【2026年最新】

後継者が見つからない、人手不足で経営が行き詰まっている、体力のあるうちに次のステージに進みたい——ホテルや旅館を経営するオーナーが、こうした悩みを抱えながら検索にたどり着くケースは年々増えています。
廃業という選択肢は、従業員の雇用を失わせ、地域の観光資源を消滅させます。一方で、何もしないまま時間だけが過ぎれば、売却できるタイミングを逃すリスクがある。「第三の選択肢」として、M&Aによる事業承継が急速に現実的な選択肢として広まっているのはそのためです。
2026年現在、ホテル・旅館業界のM&A市場はかつてないほど活況を呈しています。インバウンド需要という追い風と、後継者不在・人手不足という構造的課題が重なり、売り手・買い手双方で取引が加速しています。それでも「M&Aは大企業の話」「自社の規模では難しい」と感じているオーナーも少なくありません。
そこで本記事では、ホテル・旅館のM&Aに特有の論点を整理し、手法の選び方から企業価値の決まり方、実際の流れ、売り手が押さえるべきポイントまで、実務に即した情報を体系的に解説します。
この記事の監修者

森沢 雄太
一般社団法人
M&Aセカンドオピニオン協会
代表理事
外資系銀行でのウェルスマネジメント業務を経て、日本M&Aセンターに入社。譲渡側アドバイザーとして100件超の成約に関与し、野村證券出向や福岡支店立ち上げも経験。2018年に日本投資ファンド立ち上げに参画し、投資先の再生にも成功。2022年、合同会社M&Aプレップを創業し、仲介会社・ファンドへの支援やオーナー向け売却準備、買収支援など幅広く展開。2024年には売却支援事業拡大のため株式会社企業経営支援機構を設立し代表に就任。加えて、M&Aにおける利益相反や情報格差の是正を目的とし、代表理事として一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会を設立。
ホテル・旅館業界の現状とM&Aが活発化する背景

ホテル・旅館業界のM&Aを正しく理解するには、まず業界全体の市場環境を把握しておく必要があります。現状は、「機会と課題が同時に膨らんでいる」というかつてない状態にあります。
M&Aの基本的な仕組みや手法については、以下の記事でわかりやすく解説しています。

市場規模の回復とインバウンド需要の定着
旅館・ホテル市場は、コロナ禍の打撃から本格的な回復軌道に入っています。ラグジュアリーホテルの相次ぐ開業や体験型宿泊施設の需要増を背景に、宿泊市場は堅調な回復・拡大基調にあります(市場規模の具体的な数値は調査機関によって差異があるため、各種統計を確認することを推奨します)。
訪日外国人の動向も大きな追い風です。JNTO(日本政府観光局)の発表によると、2025年の年間訪日外客数は約4,268万人(推計値)となり、前年比15.8%増で年間過去最高を更新しました(出典:JNTO「訪日外客数(2025年12月推計値)」2026年1月公表)。2026年現在もインバウンド需要の定着が続いており、収益性の高いホテル・旅館への投資意欲は国内外で高まっています。
業界を揺るがす3つの構造的課題
市場の回復とは対照的に、業界の内側では深刻な構造問題が進行しています。
第一に後継者不在の問題です。中小ホテル・旅館オーナーの高齢化が進む中、親族内承継が難しくなっています。「子どもに継がせたいが、子どもが意欲を持っていない」「兄弟で意見が割れている」といったケースが珍しくなく、第三者への承継=M&Aが現実的な出口として注目されています。
第二に人手不足・人手不足倒産の増加です。2025年の帝国データバンクの調査では、宿泊業における人手不足関連の経営悪化が鮮明になっています。インバウンド需要があっても、スタッフが足りなければ客室を稼働させることができません。採用力・人材育成ノウハウを持つ大手グループの傘下に入ることで、この課題を一気に解消しようとする動きがM&Aを後押しています。
第三にいわゆる「ゼロゼロ融資」の返済問題です。コロナ禍の緊急融資(無利子・無担保融資)の返済が本格化した局面で、自力での事業継続を断念し、M&Aを選択する動きが見られるようになっています。帝国データバンクの調査では、2025年の宿泊業の倒産件数は89件(前年比14.1%増)、休廃業・解散は178件と、年間267件の宿泊事業者が市場から退出しました(出典:帝国データバンク「宿泊業の倒産・休廃業解散動向(2025年)」2026年2月公表)。事業の存続と雇用の確保を両立する手段として、M&Aが有効な選択肢として広がっています。
M&A案件数の増加傾向
M&Aプラットフォームにおける宿泊業の売却案件数は増加傾向にあります(複数の情報サービスが案件数の増加を報告しています)。売却希望のホテル・旅館は着実に増えており、買い手市場から売り手市場へと移行しつつある地域も出てきています。
ホテル・旅館M&Aの2つの主要手法|株式譲渡と事業譲渡の違い
株式譲渡・事業譲渡のそれぞれの仕組みについては、株式譲渡とは?M&Aで最も選ばれる手法の仕組みと手続きを売り手目線で徹底解説【2026年最新】および事業譲渡とは?メリット・デメリット・手続きの流れを売り手経営者向けに徹底解説で詳しく解説しています。

ホテル・旅館のM&Aで使われる手法には複数ありますが、中小規模の取引で実際に多く用いられるのは「株式譲渡」と「事業譲渡」の2つです。会社の状況や売り手の目的によって、どちらが適切かは大きく異なります。
| 比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 何を売るか | 会社(法人)そのもの | 特定の事業・施設 |
| 許認可の扱い | 多くの場合引き継がれるが、実質的支配者変更に伴う届出・再審査が必要なケースあり(自治体・許認可の種類による) | 買い手が新たに取得が必要 |
| 従業員の雇用 | 雇用契約がそのまま引き継がれる | 買い手が個別に再契約 |
| 負債・簿外債務 | 原則すべて引き継がれる | 引き継ぐ負債を選択できる |
| 売り手の税務 | 株式の売却益に20.315%の申告分離課税(目安) | 法人税等の課税対象(法人として譲渡) |
| 手続きの複雑さ | 比較的シンプル | 個別資産の移転手続きが必要 |
| 向いているケース | 会社ごと売りたい、許認可を活かしたい | 特定施設だけ売りたい、負債を切り離したい |
株式譲渡とは
株式譲渡は、オーナーが保有する自社株式を買い手に譲渡することで、会社の経営権ごと移転する手法です。旅館業法上の許可や各種免許は法人に帰属しているため、株式譲渡では多くの場合許認可が維持されます。ただし、実質的な支配者の変更に伴い、都道府県・市区町村への届出や確認が必要になるケースもあるため、管轄の行政庁に事前確認することが重要です。ホテル・旅館業界でもっとも多く用いられるスキームであり、手続きもほかの手法と比較してシンプルです。
一方、会社に存在する簿外債務(表に出ていない債務)や偶発債務も原則として引き継がれるため、デューデリジェンス(買収前の詳細調査)で徹底的なリスク洗い出しが必要になります。
事業譲渡とは
事業譲渡は、会社そのものではなく、ホテル運営事業という「事業の塊」を売却する手法です。「A施設の運営だけ売りたいがB施設は残したい」「負債は会社に残して黒字事業だけ譲りたい」といったケースで有効です。
ただし、旅館業法の許可は買い手が新たに取得しなければならず、手続きに時間がかかる点に注意が必要です。また、従業員との雇用契約も買い手が新たに結び直すことになるため、従業員への説明や手続きの負担が生じます。税務上も、株式譲渡と異なり法人レベルで課税が生じるケースが多く、税理士との事前確認が欠かせません。
会社分割・合併という選択肢
規模の大きいケースや、グループ内の再編・組織再構築を目的とする場合は、会社分割や合併(吸収合併)が使われることもあります。ただし、中小ホテル・旅館のオーナーが単独で売却を検討する場面では、手続きの複雑さからあまり選ばれません。M&A専門家に相談する際に、状況に応じた最適スキームについて確認するとよいでしょう。
売り手のメリット|ホテル・旅館をM&Aで売却する理由

M&Aで会社・事業を売却することに対して「苦労して作り上げたものを手放す」というネガティブなイメージを持つオーナーもいます。しかし、売却後も事業が継続され、従業員の雇用が守られ、オーナー自身も次のステージに踏み出せるとしたら、それは「手放す」ではなく「バトンを渡す」選択です。
事業の存続と従業員雇用の確保
後継者不在のまま廃業を選べば、スタッフは職を失い、地域の宿泊施設という観光インフラも消えます。M&Aなら、事業を引き継いでくれる買い手に運営を委ねることで、従業員の雇用が維持されるケースが多くあります。ただしPMI(統合後プロセス)の進め方によっては、条件変更や離職が生じることもあるため、雇用維持の方針を買い手との交渉条件として明確にしておくことが重要です。また、長年育ててきたブランド・顧客基盤・口コミ評価といった無形の価値も次の経営者に引き継がれます。
オーナーの個人保証・経営者保証の解放
中小企業の経営者の多くは、金融機関からの借入に対して個人保証(経営者保証)を入れています。M&Aで株式を売却して経営者を退任した場合でも、個人保証は自動的に解除されるものではなく、金融機関への申し出と承諾、場合によっては買い手による債務引受や借換えなど、金融機関との個別交渉・合意が必要です。ただし、一定の条件を満たした場合に保証解除を求めることができる「経営者保証に関するガイドライン」(中小企業庁・金融庁)の活用も選択肢の一つです。個人保証の取り扱いはM&A交渉の重要事項であるため、専門家を交えて早期に方針を確認することが欠かせません。
創業者利益(売却益)の確保
適切なタイミングでM&Aを行えば、事業の価値に見合った対価を受け取ることができます。廃業では価値がゼロになるものが、M&Aでは「事業価値+のれん代」として売却益に変わります。この創業者利益は、老後の生活資金や次の事業への再投資に活用できます。株式譲渡の場合、個人が得た株式売却益には申告分離課税(税率約20.315%)が適用されます(詳細は税理士に確認を)。
資本力・ブランド力のある企業傘下での事業成長
大手ホテルチェーン・不動産会社・商社など、資本力と集客力を持つ企業の傘下に入ることで、単独では実現が難しかった客室稼働率の向上、集客力の増強、設備投資、デジタル化が実現できるケースがあります。「売却=縮小」ではなく「売却=さらなる成長のための組み替え」という発想が広がっています。
売り手が見落としがちなリスクと注意点

M&Aのメリットを正しく活かすためには、潜在するリスクを事前に把握しておくことが欠かせません。以下は、ホテル・旅館のM&Aで売り手が特に注意すべき論点です。
M&Aのリスクや条件面を中立的に確認するセカンドオピニオンについては、以下の記事で解説しています。

許認可・資格の引き継ぎ確認
ホテル・旅館は旅館業法に基づく許可が必要であり、施設の構造設備基準(消防法・建築基準法・食品衛生法等の関連法令)もクリアしなければなりません。株式譲渡の場合は許可が引き継がれますが、事業譲渡の場合は買い手が新たに許可を取得する必要があります。また、施設の増改築や設備の老朽化により基準を満たしていない箇所がある場合、デューデリジェンスで発覚してバリュエーションに影響が出ることがあります。事前に自社施設の法令適合状況を確認しておくことが重要です。
簿外債務・偶発債務のリスク
買い手はデューデリジェンス(DD)で財務・法務・税務・ビジネスの各側面を詳細に調査します。帳簿に記載されていない「簿外債務」(未払残業代、税務リスク、未引当の修繕費用など)が発覚した場合、価格交渉でのディスカウントや、最悪の場合は契約破談につながるケースもあります。売り手側も事前に財務状況を整理し、専門家とともにセルフDD(売り手による自主的なリスク洗い出し)を行っておくことが望ましいです。
従業員・取引先への秘密保持
M&Aの検討・交渉段階では、情報漏洩を防ぐためにNDA(秘密保持契約)を締結します。特にホテル・旅館では、従業員が退職したり取引先との関係が変化したりすることへの懸念がありますが、M&Aの成立前に社内外に情報が漏れると交渉が難航する場合があります。クロージング(最終合意・対価の支払完了)後に、買い手と協力しながら適切なタイミングで従業員・取引先に丁寧に説明することが、PMI(経営統合プロセス)をスムーズに進める鍵です。
表明保証と補償リスク
最終契約書(DA:Definitive Agreement)には、売り手が提供した情報の正確性・完全性を保証する「表明保証条項」が盛り込まれます。仮に虚偽や重要事項の不告知があった場合、クロージング後も補償(損害賠償)を求められる可能性があります。「知らなかった」では免責されない条項が入ることも多いため、弁護士とともに契約書の内容を十分に確認することが重要です。
ホテル・旅館M&Aの企業価値評価と売却相場
企業価値の算出方法については企業価値評価の3つの方法で、売却相場の目安については会社売却の相場はいくら?業種別の目安と算出方法で詳しく解説しています。

「自社はいくらで売れるのか」は、M&Aを検討するすべてのオーナーが最初に気になるポイントです。企業価値は画一的な金額で示せるものではなく、複数の評価手法と固有の要因が絡み合って決まります。
主な企業価値評価の手法
| 評価手法 | 概要 | ホテル・旅館での利用場面 |
|---|---|---|
| EBITDAマルチプル法 | EBITDAの一定倍数で評価 | 稼働施設・収益が安定している場合 |
| DCF法 | 将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く | 将来の収益が予測しやすい場合 |
| 純資産法(修正純資産法) | 帳簿上の純資産を時価評価して算定 | 収益力より資産価値が重視される場合 |
| 年買法(年倍法) | 直近の年間利益×数年分で算定 | 簡易評価・中小規模の取引で参考値として |
| 類似会社比較法(マルチプル法) | 上場企業や成約事例の指標を参照 | 参考価格の検証に使われることが多い |
ホテル・旅館M&Aでは、EBITDAマルチプル法が多く用いられます。EBITDAとは「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization」の略で、一般的には「営業利益+減価償却費」または「当期純利益+税金+支払利息+減価償却費」で算出される、事業の実質的なキャッシュ創出力を示す指標です(定義は使用目的・実務慣行によって複数あります)。不動産を含むホテル・旅館は設備投資や減価償却が大きいため、減価償却控除前の利益ベースであるEBITDAが実態を反映しやすいとされます。
マルチプルの倍率は案件の規模・収益性・立地・人材状況などによって幅があります。中小規模のホテル・旅館では数倍程度が中心とされますが、高収益・好立地の案件では上振れることもあります(具体的な倍率は専門家に確認を)。
また、不動産(土地・建物)を所有している場合は、その時価も評価に加算されます。立地のよい観光地・都市中心部のホテルは不動産価値が高く、これが売却価格を押し上げる大きな要因になります。
価格に影響するプラス・マイナス要因
バリュエーション(価格査定)のプラス要因
- 黒字経営・高稼働率(安定した実績)
- 立地条件の優位性(観光地中心、主要駅徒歩圏内など)
- 自社所有の土地・建物(不動産価値が加算される)
- ブランド・口コミ評価の高さ
- 自走できる運営スタッフの存在
- インバウンド対応力(英語対応、OTA掲載最適化など)
バリュエーションのマイナス要因
- 人手不足による稼働率の低下(「人がいればもっと稼げる」状態)
- 設備の老朽化・大規模修繕の必要性
- 簿外債務・偶発債務の存在
- 特定キーパーソンへの依存(オーナー離脱で収益が激変するリスク)
- 借入金の多さ
注目すべきは「人材の有無」です。2026年現在、M&A成立後に収益を維持・拡大するために必要な運営スタッフがいるかどうかは、買い手の価格評価に直接影響します。売却前に人員を充実させることが、実質的な価値向上につながるケースがあります。
ホテル・旅館M&Aの流れ|相談からクロージングまでの全プロセス
M&Aの全体的な流れについては、M&Aの流れを完全ガイド|検討・準備からクロージング・PMIまでの手順をわかりやすく解説で詳しく解説しています。

M&Aは一度きりの大きな意思決定です。プロセス全体の見通しを持っておくことで、余裕を持った準備が可能になります。全体の目安は最短6ヶ月〜1年程度ですが、施設規模・財務状況・相手探しの難易度によってはそれ以上かかることもあります。
ステップ1:M&Aの初期検討と専門家への相談(1〜2ヶ月)
まず、M&Aという選択肢が自社の状況に合っているかを確認します。売却の目的(事業承継、資金確保、経営改善など)、希望条件(売却後も経営に携わりたいか、従業員の雇用維持を最優先にしたいか、など)を整理します。この段階でM&A仲介会社やFA(財務アドバイザー)に相談し、概算の企業価値レンジや市場感を把握するのが有効です。
なお、M&Aの検討自体は秘密裏に進めることができます。仲介会社や専門家と交わすNDA(秘密保持契約)により、情報漏洩リスクを大幅に低減できます(NDAは法的な抑止力を持ちますが、漏洩リスクを完全にゼロにするものではありません)。
ステップ2:相手先の探索・マッチング(2〜4ヶ月)
仲介会社を通じて、買い手候補との初期接触が始まります。売り手の情報は、会社名・施設名を伏せた「ノンネームシート」の形で市場に提示され、関心を持った買い手候補のみがIM(インフォメーション・メモランダム:企業概要書)を受け取ります。
候補先が絞られると、トップ面談(経営者同士の対話)が行われます。相手の経営方針・価値観・従業員への姿勢を直接確認できる重要な場です。
ステップ3:意向表明・基本合意(1〜2ヶ月)
トップ面談で相互に前向きな意向が確認されると、買い手から「意向表明書(LOI:Letter of Intent)」が提出されます。これは希望価格・取引スキーム・条件の概要を示した文書で、法的拘束力は原則ありません。
その後、基本合意書(MOU:Memorandum of Understanding)の締結に進みます。MOUには独占交渉権条項が盛り込まれることが多く、その場合は締結後に他の買い手候補との交渉が一時停止します(独占交渉条項の有無や範囲は案件によって異なります)。
ステップ4:デューデリジェンス(1〜2ヶ月)
デューデリジェンス(DD)とは、買い手が行う詳細な事前調査のことです。財務DD・税務DD・法務DD・ビジネスDDなどが実施され、会計士・弁護士・業界専門家がチームを組んで自社の財務実態・法令遵守状況・契約関係・リスクを精査します。
ホテル・旅館特有のDDポイントとしては、旅館業法の許可の有効性、施設の消防・建築基準法適合状況、設備の修繕履歴・コスト、スタッフの雇用条件・残業代未払いリスク、OTAや旅行会社との契約内容などが含まれます。
売り手は資料の開示・質問への対応を誠実に行うことが求められます。隠蔽や不正確な情報提供は、後に表明保証違反として問題になるリスクがあります。
ステップ5:最終条件交渉・最終契約書(DA)の締結(1ヶ月)
DDの結果を踏まえて、最終的な売却価格・条件の調整が行われます。リスクが発見された場合は価格ディスカウントや特別条項(エスクロー、アーンアウト条項)が盛り込まれることがあります。
最終合意に達したら、株式譲渡契約書(SPA:Share Purchase Agreement)または事業譲渡契約書という形の最終契約書(DA)が作成されます。法的義務ではありませんが、売り手にとって重要なリスク管理の観点から、弁護士によるレビューを強く推奨します。
ステップ6:クロージング・経営引き継ぎ(PMI)
クロージングとは、対価の支払いと株式・資産の移転が完了する時点を指します。クロージング後は、PMI(Post Merger Integration:統合後の経営統合プロセス)が始まります。従業員への説明、取引先への通知、システムや業務フローの引き継ぎなど、スムーズな移行を実現するための実務が続きます。
売り手オーナーが一定期間、経営顧問や役員として関与しながら引き継ぎを支援することを求める条項(キーマン条項や継続関与義務条項などと呼ばれます)が契約に含まれることも多くあります。競業避止義務(一定期間・地域内での同業開業禁止)が併せて定められるケースもあるため、内容をよく確認することが重要です。
ホテル・旅館M&AにおけるPMI(統合後プロセス)の重要性
M&A後の統合プロセスについては、PMIとは?M&Aを成功に導く経営統合プロセスの全体像と実践ポイントを解説で詳しく解説しています。

M&Aはクロージングで終わりではありません。ホテル・旅館のM&Aにおいて特に重要なのが、クロージング後の「PMI」です。これは競合記事でほとんど深掘りされていない独自の論点です。
ホテル・旅館事業は、オーナーのホスピタリティ精神・スタッフとの関係・常連客との信頼関係によって成り立っています。買収した企業が強引にブランドを変えたり、スタッフに対して不透明な対応をとったりすると、客離れや離職が起きる可能性があります。
成功するPMIには、以下の視点が必要です。
まず「人」の統合です。前オーナーとの関係を大切にしながら、新体制でのビジョンと処遇を明確に伝えることがスタッフの定着につながります。ホテル・旅館は属人的なサービスが価値の源泉であるため、優秀なスタッフの流出は収益に影響する可能性が高くなります。
次に「ブランドと顧客の引き継ぎ」です。口コミ評価の高い旅館が買収されると、「変わってしまった」という顧客離れが起きることがあります。ブランドの何を守り、何を変えるかの方針を買い手と事前に議論しておくことが、売り手側にとっても重要な交渉ポイントです。
売却を検討する際には、「M&Aが成立すること」だけでなく「M&Aの後に事業がどう続くか」まで見据えた買い手選びが、後悔のない承継につながります。
M&Aを検討すべきタイミングと判断のポイント

「まだ早いかもしれない」と思っているうちに最適なタイミングを逃すケースは少なくありません。M&Aの相手探しには時間がかかり、高い価格で売れるのは業績が安定・成長している時期です。以下の状況に当てはまるオーナーは、早めに情報収集を始めることをお勧めします。
後継者が見当たらない、または親族に継ぐ意思がない場合。業績が黒字または回復基調にある時期(赤字や業績悪化後では価格が下がりやすい)。自分自身が経営の第一線から引退したいと感じ始めたとき。施設の老朽化を前に大型の設備投資が必要な局面(自己資金では賄えない場合)。優秀なスタッフが揃っており、自走できる組織になっているとき。
逆に、M&Aを焦って判断することのリスクもあります。急いで相手を探すと条件の悪い買い手と組むことになりかねないため、少なくとも2〜3年の準備期間を見越して検討を始めることが望ましいとされています。
ホテル・旅館M&Aの成功事例(一般化パターン)

実際のM&A成約事例をもとに、典型的な承継パターンを整理します。いずれも実在の特定企業に言及するものではなく、複数の事例から抽出した一般化パターンです。
パターン①:地方温泉旅館×同業大手グループへの承継
地方の温泉旅館を長年経営してきたオーナーが、後継者不在と老朽化設備への投資難を理由にM&Aを選択。同業の温泉旅館を複数展開するグループ企業に株式譲渡し、ブランド名や地元スタッフはそのまま維持した上で、グループのOTA活用や予約管理システムの導入により稼働率が改善したケース。売り手は「廃業ではなく、より良い形で次の代に渡せた」と評価。
パターン②:都市部ビジネスホテル×不動産会社・ファンドへの売却
都市中心部に立地するビジネスホテルのオーナーが、コロナ後の業績回復を機にM&Aを決断。不動産投資ファンドに事業譲渡し、オーナーは売却益を手にしてセカンドキャリアに転じたケース。立地の優位性と安定した稼働実績が評価され、希望価格に近い条件で成約。
パターン③:異業種企業によるリゾート施設の買収
旅行業・通販業・不動産業など異業種から参入した企業が、リゾートホテルの事業譲渡を受けたケース。既存スタッフを引き続き雇用し、自社の顧客基盤を活用してラグジュアリー化・高付加価値化を実施。売り手にとっては、「自社だけでは実現できなかった施設の進化」が実現したと感じた事例。
ホテル・旅館M&Aで売り手が成功するための重要ポイント

早期着手と適切な準備
前述の通り、M&Aの準備には2〜3年のリードタイムが理想です。財務状況の整理、不要な負債の圧縮、許認可の確認、人材体制の強化など、「売れる状態」を作るための準備が価格と成功確率を高めます。
複数の買い手候補への同時アプローチ
1社のみと独占交渉すると、交渉力が弱まります。複数の候補先に同時にアプローチし、最も条件が合う相手を選ぶ競争環境を作ることで、価格と条件の改善が期待できます。これはM&A仲介会社やFAを活用する最大の理由の一つでもあります。
自社の強みを明確に言語化する
IM(企業概要書)は、買い手が自社を評価するための最重要資料です。財務数値だけでなく、「なぜこの立地が強いのか」「スタッフの何が他社と違うのか」「リピーター客との関係性はどこから来ているのか」といった定性情報を言語化し、価値を見えやすくすることが重要です。
M&A成立後の事業継続を条件に含める
従業員の雇用維持・ブランドの存続・地域との関係維持など、売り手が守りたいことを基本合意・最終契約に明記することで、クロージング後のトラブルを未然に防ぐことができます。「価格だけ」ではなく「条件の質」にも着目して買い手を選ぶことが、後悔のないM&Aにつながります。
売却前に確認すべきチェックリスト

M&Aを本格的に検討する前に、以下の項目を事前に整理しておくと、専門家との相談がよりスムーズになります。
- [ ] 旅館業法の許可(旅館業許可証)の有効性を確認した
- [ ] 消防設備点検・建築定期調査の最新報告書を手元に用意した
- [ ] 直近3期分の決算書・税務申告書を整理した
- [ ] 金融機関からの借入一覧・個人保証の範囲を把握した
- [ ] 従業員との雇用契約書・就業規則を整備した
- [ ] 主要OTAや旅行会社との基本契約書を確認した
- [ ] 施設内の設備・備品の所有者(リース品と自社所有品の区別)を整理した
- [ ] 後継者・売却候補について、家族・親族に意向の確認を行った
- [ ] M&Aの目的と「譲れない条件」(従業員の雇用、ブランド存続など)を書き出した
- [ ] 秘密保持を前提にした初期相談先(仲介会社・FA・専門家)をリストアップした
このチェックリストは、実際にM&Aの相談をした際にも確認事項として活用できます。すべてが整っていなくてもM&Aの相談は可能ですが、事前の整理が進んでいるほど交渉がスムーズになります。
ホテル・旅館M&Aでよくある質問(FAQ)

Q1. 赤字経営でもM&Aで売却できますか?
赤字であっても売却できる可能性はあります。評価されるのは現時点の損益だけではなく、立地条件・所有不動産の価値・インバウンド需要を取り込める可能性・人材・許認可取得済みの施設価値など総合的な要素です。特に好立地の物件は、現状赤字でも「将来の収益化が見込める資産」として買い手がつくケースがあります。ただし赤字の規模・原因・財務状態によって条件は大きく変わるため、専門家に相談して実態に合った評価を確認することが大切です。
Q2. 売却の検討段階で従業員に知られますか?
M&Aの検討段階では、仲介会社・FAとの間でNDA(秘密保持契約)を締結し、情報漏洩リスクを管理しながら進めることができます。ただしNDAはリスク低減の手段であり、漏洩が完全にゼロになる保証ではありません。従業員・取引先への通知は原則としてクロージング後のタイミングで行いますが、金融機関については借入の承継や保証解除の手続きの関係上、クロージング前に事前説明・調整が必要になるケースもあります。具体的なタイミングは専門家と相談しながら決定することが重要です。
Q3. 売却後もホテルを経営し続けられますか?
「売却後も経営に関わり続けたい」という希望は、条件として交渉に盛り込むことができます。例えばキーマン条項(継続関与義務条項)に基づき、一定期間は顧問・役員として関与したり、特定業務のマネジメントを継続するという形も存在します。ただし経営の最終責任は買い手に移るため、どの範囲で関与するかは契約書に明記が必要です。
Q4. M&Aにかかる費用・手数料はどのくらいですか?
M&A仲介会社には、初期着手金・月額リテイナー(FAの場合)・成功報酬がかかります。成功報酬はレーマン方式(売却金額の一定料率)が一般的で、規模によって異なります。小規模案件では成功報酬が最低報酬額として設定されていることも多く、事前に確認が必要です。弁護士・会計士のアドバイザリー費用も別途発生します。費用体系は各社で異なるため、複数社に見積もりを依頼して比較することを推奨します。
Q5. 買い手はどのような企業・個人ですか?
ホテル・旅館の買い手は多様です。同業の大手ホテルチェーン・旅館グループ(事業拡大目的)、不動産会社・不動産投資ファンド(立地・不動産資産目的)、商社・流通・通販企業など異業種(新規参入・事業多角化目的)、個人投資家や中小企業経営者(スモールM&A)など多岐にわたります。買い手の属性によって、M&A後の経営スタイルや従業員への処遇が変わるため、買い手の「経営方針・実績・従業員への姿勢」を見極めることが重要です。
Q6. 売却前にリフォームや設備投資をすべきでしょうか?
「設備を整えてから売りたい」という気持ちは理解できますが、必ずしも売却価格に転嫁されるとは限りません。大規模なリフォームを行っても、その分の投資回収ができるかどうかは買い手の評価次第です。基本的には現状のまま市場に出し、買い手に判断してもらう方が合理的なケースが多いです。一方、設備の点検・清掃・許認可の更新といった「最低限の管理状態の維持」は、評価を守るうえで重要です。
Q7. M&Aと廃業、どちらが有利ですか?
廃業は手続きが比較的シンプルですが、退職金・清算費用が発生し、事業として積み上げてきたブランド・顧客基盤・のれんといった価値の多くは消滅します(不動産・設備の清算価値は残る場合もありますが、事業継続価値と比べると大幅に毀損されます)。M&Aは相手探し・交渉などの手間がかかりますが、事業の対価(売却益)を受け取れ、従業員雇用・ブランド・地域貢献も維持できます。経営が立ち行かなくなってからでは遅く、選択肢が狭まるケースも多いため、元気なうちに専門家に相談することが重要です。
まとめ|ホテル・旅館のM&Aは「後継者問題」と「成長」を同時に解決できる選択肢
事業承継の基礎知識については事業承継とは?中小企業経営者が知っておくべき基礎知識と承継の進め方で、後継者不在の対策については後継者がいない会社はどうすればいい?経営者が知るべき選択肢と対策を徹底解説で詳しく解説しています。

ホテル・旅館のM&Aは、かつては大企業間の取引というイメージがありました。しかし今日では、数千万円から数億円規模の中小施設でも成約事例が増えており、スモールM&Aの普及が選択肢を大きく広げています。
2026年現在、インバウンド需要の定着と業界の構造的課題が重なる中で、「売りたいタイミング」と「買いたい買い手」が豊富に存在するのはかつてない市場環境です。
ただし、M&Aは知識と準備が成否を大きく左右します。企業価値評価の仕組みを理解せずに交渉に臨むと、実態より低い価格で売ってしまうリスクがあります。許認可・財務・法務の複合的なリスクを把握せずに進めると、クロージング後にトラブルになる可能性もあります。
だからこそ、中立的な第三者の視点でアドバイスを受けることが、売り手にとっての最大の守りになります。M&A仲介会社は売り手・買い手の双方から報酬を受け取る「両手取引」が一般的であるため、両当事者の利益調整を優先する構造になりやすい面があります。一方FAは通常、依頼者(売り手または買い手どちらか一方)のみから報酬を受け取りますが、こちらも報酬体系や関与範囲は会社によって異なります。いずれの場合も、専門家の立場・報酬構造を事前に確認したうえで活用することが重要です。
売り手側に立った中立的な専門家によるセカンドオピニオン、すなわち「本当にこの条件でよいのか」「より良い買い手は他にいないか」「この契約内容にリスクはないか」を確認する場は、M&Aにおいて非常に重要な意味を持ちます。
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