「後継者がいない」「経営者の高齢化で先行きが見えない」「地域医療を守り続けたいが、一人では限界がある」——。このような悩みを抱えながら、病院やクリニックを経営している方は少なくありません。
医師・理事長としての使命感は強くても、事業承継の問題は避けて通れない課題です。特に医療法人のM&Aは、一般企業の売却と異なる特殊なルールや手続きが多く、「何から調べればいいのか分からない」という声をよく耳にします。
その複雑さの背景には、医療法という特別な法律と、医療法人特有の「出資持分」という制度の存在があります。これを正しく理解しないまま進めると、後から思わぬトラブルや機会損失につながることもあります。
そこで本記事では、医療法人のM&Aを検討しはじめた経営者・理事長の方に向けて、M&Aの基本的な概念から、スキームの種類・手続きの流れ・売却側のメリット・押さえておくべきポイントまで、実務に即してわかりやすく解説します。

M&Aセカンドオピニオン協会
代表理事 森沢 雄太
外資系銀行でのウェルスマネジメント業務を経て、日本M&Aセンターに入社。譲渡側アドバイザーとして100件超の成約に関与し、野村證券出向や福岡支店立ち上げも経験。2018年に日本投資ファンド立ち上げに参画し、投資先の再生にも成功。2022年、合同会社M&Aプレップを創業し、仲介会社・ファンドへの支援やオーナー向け売却準備、買収支援など幅広く展開。2024年には売却支援事業拡大のため株式会社企業経営支援機構を設立し代表に就任。加えて、M&Aにおける利益相反や情報格差の是正を目的とし、代表理事として一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会を設立。
医療法人のM&Aとは

医療法人のM&Aとは、病院・診療所(クリニック)・歯科医院などを運営する医療法人を対象に行われる合併・買収・事業承継のことです。一般企業における「会社の売買」と基本的な目的は共通していますが、医療法人には独自の法的制約と手続きが存在するため、その実態は大きく異なります。
一般企業であれば、株式を第三者に譲渡するだけで経営権を移転できるケースがほとんどです。しかし医療法人は、医療法によって非営利性が求められ、株式会社のように株式を発行する仕組みがありません。代わりに「出資持分」や「基金」といった制度があり、これが医療法人M&Aのスキームを複雑にしている要因の一つです。
また、医療法人の設立・合併・分割などには都道府県知事の認可が必要であり、定款の変更についても原則として認可が求められます(ただし、事務所の所在地変更など厚生労働省令で定める軽微な事項は届出で足りる場合があります)。行政手続きの煩雑さも特徴のひとつです。専門家のサポートなしに進めることが難しいのはそのためです。
医療法人M&Aが増加する背景

近年、医療機関の事業承継・再編ニーズは高まっています。その主な背景として、以下の3点が挙げられます。
医療法人経営者の高齢化と後継者不足
日本の医師・病院経営者の高齢化は深刻で、中小企業庁の調査でも後継者不在を理由とする廃業リスクが各業界で高まっていることが示されています。医療業界も例外ではなく、「子供に継がせたくても医師免許を持っていない」「適切な後継者候補がいない」という状況が増えています。
特に地方の病院やクリニックでは、理事長自身が最前線で診療に関わりながら経営も担っている場合が多く、引退後のスムーズな事業承継が難しいケースが目立ちます。
地域医療の存続ニーズ
過疎化や人口減少が進む地域では、唯一の病院やクリニックが閉院することで地域住民の医療アクセスが失われるリスクがあります。M&Aによって医療機関を存続させることは、地域医療の継続という社会的意義も担っています。
自治体や医師会等の関係団体による承継支援の取組もみられ、医療法人の事業承継を後押しする動きが各地で生まれています。
診療報酬改定による経営環境の変化
定期的に行われる診療報酬改定や、近年の医療機器・薬剤費のコスト上昇により、単独での経営継続が難しくなった医療法人が、グループへの参加や合併を選択するケースも増えています。規模の経済を活かした経営安定化を目指した戦略的なM&Aも珍しくありません。
医療法人M&Aの特徴と一般企業との違い

医療法人のM&Aには、一般企業と異なる独自の特徴があります。売り手側の経営者として知っておくべき主な違いをまとめます。
買い手が限定される
一般企業のM&Aでは、株式会社・個人・ファンドなど買い手の種類は多岐にわたります。しかし医療法人の場合、医療法の規定により、医療機関を開設・運営できる主体には一定の制約があります。株式会社など営利法人が病院・診療所を営利目的で開設・運営することは原則として認められておらず(ただし福利厚生目的の社内診療所や構造改革特区における一部例外はあります)、実質的に医療法人や医師・歯科医師等の医療従事者、社会福祉法人、一般社団法人といった非営利主体が主な買い手となります。
これにより、M&Aのマッチング先が絞られることになるため、売却の相手先探しには一般的なM&Aより時間がかかる傾向があります。
行政手続きが煩雑で期間が長い
合併や事業譲渡に際しては、都道府県知事への届出・申請・認可取得が必要です。また、医療法人は保険診療を提供する機関として、スキームに応じて地方厚生局への保険医療機関指定の申請・変更、保健所への届出など複数の行政機関への手続きが伴います。こうした行政手続きの多さから、クロージング(手続き完了)までの期間は一般企業に比べて長くなりやすく、1年前後かかるケースも珍しくありません。
医療従事者・職員の雇用継続が重視される
医療機関では、医師・看護師・コメディカルといった専門資格を持つ人材が事業価値の核心を担っています。M&Aに際して職員が離職してしまうと、事業の継続性が損なわれるため、売り手・買い手の双方にとって人材の確保と雇用継続は最優先事項の一つです。
医療法人のM&Aにおける「持分」とは

医療法人M&Aを理解する上で欠かせないのが「出資持分」という概念です。
医療法人は設立の時期によって、「持分あり医療法人(経過措置型医療法人)」と「持分なし医療法人」の2種類に大別されます。
持分あり医療法人(経過措置型医療法人)
2007年(平成19年)の医療法改正以前に設立された医療法人の多くは、出資者が出資額に応じた「持分」を持つ「持分あり医療法人」です。この持分は、法人解散時や出資者の退社時に払い戻しを請求できる財産的権利を意味します。
M&Aの場面では、この出資持分を第三者に譲渡することで、実質的に医療法人の経営権を移転させる手法(出資持分譲渡)が取られます。株式会社の株式譲渡に近い概念です。
持分あり医療法人は現在、新規設立が認められておらず、既存の法人が経過措置として維持している形態です。そのため年々、該当する法人の数は減少しています。
持分なし医療法人
2007年以降に設立された医療法人は、すべて「持分なし医療法人」となります。この場合、出資持分という権利が存在しないため、持分譲渡によるM&Aは行えません。代わりに、合併・事業譲渡・分割などのスキームが選択されます。
一部の持分なし医療法人は「基金」制度を採用しています。基金とは、医療法人の活動原資となる資金調達のための制度であり、返還義務を伴う性格のものです。持分なし医療法人のM&Aでは、合併・事業譲渡・分割などのスキームが選択されます。
| 類型 | 持分の有無 | 主なM&Aスキーム |
|---|---|---|
| 持分あり医療法人(経過措置型) | あり | 出資持分譲渡・合併・事業譲渡 ※分割は不可 |
| 持分なし医療法人 | なし | 合併・事業譲渡・分割(※特定医療法人・社会医療法人は分割不可) |
医療法人の分割制度は、2016年の医療法改正で新設されましたが、対象は持分なし医療法人(社団・財団)に限定されており、持分あり医療法人・社会医療法人・特定医療法人は分割を利用できません。そのため、持分あり医療法人において分割スキームが選択肢に入らない点には注意が必要です。
医療法人のM&Aスキーム

医療法人のM&Aで用いられる主なスキーム(手法)は、「出資持分譲渡」「合併」「事業譲渡」「分割」の4種類です。それぞれの概要と特徴を解説します。
出資持分譲渡
持分あり医療法人において、出資者が保有する持分を第三者に譲渡する手法です。株式会社の株式譲渡に相当するイメージで理解すると分かりやすいでしょう。
法人格はそのまま維持されるため、各種許認可や医療機関としての指定も原則として引き継がれます。手続きが比較的シンプルで、一般に他のスキームより短期間での実施が可能です。ただし、都道府県への届出は必要です。
合併
2つ以上の医療法人が1つに統合するスキームです。吸収合併(一方が消滅し、他方に統合)と新設合併(双方が消滅し、新しい法人を設立)の2種類があります。
病院同士が経営資源を統合してグループ化する際によく用いられます。合併後は、資産・負債・契約関係・許認可が包括的に引き継がれる点がメリットです。一方で、都道府県知事の認可取得が必要であり、多くの都道府県では年2回の医療審議会スケジュールに合わせた申請が必要なため、準備期間を含めるとおおむね1年前後かかるケースが多いとされています。
事業譲渡
医療法人の全部または一部の事業(病院・クリニックの運営事業)を、別の医療法人に譲渡するスキームです。法人格自体は売り手側に残り、特定の事業のみを移転する点が特徴です。
買い手が引き受けたくない負債や不採算部門を切り離して譲渡できる柔軟性があります。ただし、事業に付随する許認可・各種届出は多くの場合において個別の承継・再取得手続きが必要となり、診療報酬の請求に関わる保険医療機関の指定についても原則として改めて指定申請を行う必要があります。具体的な取扱いは所轄行政庁への事前確認が重要です。
分割
1つの医療法人を2つ以上の法人に分割する手法で、吸収分割と新設分割の2種類があります。複数の診療科・施設を運営している法人が、一部の事業だけを切り出して他の医療法人に承継させる場面などで活用されます。
比較的新しいスキームであり、手続き面での実績・情報がまだ少ない点に注意が必要です。なお、持分あり医療法人・特定医療法人・社会医療法人は分割の対象外となっています(医療法上の規定による)。
医療法人をM&Aで売却するメリット

「売却」という言葉に抵抗を感じる経営者もいますが、医療法人のM&Aには、売り手側にとって実質的なメリットが多くあります。
後継者問題の根本的解決
M&Aの最大のメリットの一つが、後継者不在問題の解消です。医師免許を持つ親族がいない場合でも、M&Aを通じて医療法人と地域医療を継続させることができます。廃院という選択肢を回避し、患者・職員・地域への責任を果たす方法として有効です。
経営の安定化と医療サービスの継続
買い手となる医療法人グループの資本・経営基盤・ノウハウを活用することで、医療サービスの質の維持・向上が期待できます。特に、設備投資や人材採用に課題を抱えていた法人にとっては、グループ傘下に入ることで経営環境が大きく改善するケースがあります。
従業員の雇用継続
M&Aのスキームによって、雇用の引継ぎ方は異なります。合併の場合は包括承継となるため、原則として既存職員の雇用は引き継がれます。一方、事業譲渡の場合は、従業員ごとに個別の同意が必要です。いずれにせよ、廃院と比べれば職員の雇用と生活を守れる可能性が格段に高く、医師・看護師・その他スタッフにとっても大きなメリットがあります。
出資持分の現金化(持分あり法人の場合)
持分あり医療法人の場合、M&Aによって出資持分を現金化できます。長年の経営努力の成果が対価として反映され、創業者・出資者が正当な財産的利益を受け取れる仕組みです。ただし、税務上の扱いについては専門家への確認が必要です。
医療法人M&Aのプロセスと手続きの流れ

医療法人のM&Aは複数の段階を経て進みます。以下に一般的な流れを示します。実際の期間やステップは、スキームや法人の状況によって異なります。
① 事前準備・情報整理
まずは自法人の財務状況・資産・負債・人員体制・診療実績などの情報を整理します。M&Aを進めるにあたって、買い手候補が最初に確認するのはこれらの基本情報です。正確な情報を準備しておくことが、スムーズなプロセスの第一歩となります。
② 専門家への相談・アドバイザー選定
医療法人のM&Aは法的・税務的・行政手続き的に複雑であるため、専門家(M&Aアドバイザー・税理士・弁護士など)への相談が不可欠です。信頼できる専門家を早期に選定することが、その後の交渉・手続きを円滑に進める上で重要です。
この段階で、自分の利益を守ってくれる立場の専門家かどうかを見極めることが大切です。仲介型と売り手専属のアドバイザリー型では、立場と報酬体系が異なります。
③ 候補先のマッチングと交渉
アドバイザーを通じて、条件に合う買い手候補を探します。候補先と秘密保持契約(NDA)を締結した上で、法人の詳細情報を開示し、基本的な条件を擦り合わせます。この段階での交渉内容が最終的な売却条件の骨格を形成します。
④ LOI(基本合意書)の締結
主要な条件(売却価格・スキーム・スケジュール・従業員の扱いなど)について合意が得られた段階で、LOI(Letter of Intent:基本合意書)を締結します。LOIは売買そのものを強制する法的拘束力は持たないのが一般的ですが、独占交渉義務や秘密保持など一部の条項には拘束力が付されるのが通常です。各条項の拘束力の有無については、締結前に弁護士等の専門家に確認することをお勧めします。
⑤ デューデリジェンス(DD)
買い手が売り手の財務・法務・税務・医療法上のリスクなどを詳細に調査する工程です。DDの結果によって、最終的な売却価格や条件が修正されることもあります。売り手側は必要な資料を漏れなく準備し、誠実に対応することが求められます。
⑥ 最終契約(DA)の締結
DD結果を踏まえて最終的な売却条件を確定し、最終契約書(DA:Definitive Agreement)を締結します。
⑦ 行政手続き・クロージング
スキームに応じた都道府県知事への届出・認可申請・厚生局への各種届出を行います。認可が下りた後、最終的な権利移転(クロージング)を実施してM&Aが完了します。
なお、スキーム全体の所要期間の目安として、出資持分譲渡はスムーズに進めば数ヶ月程度で完了するケースもある一方、合併や複雑なスキームでは準備期間を含めておおむね1年前後、場合によってはそれ以上かかることもあります。早めの相談・準備開始が重要です。
医療法人M&Aで押さえておくべきポイント

医療法人の類型を正確に把握する
「持分あり」か「持分なし」かによって、取れるスキームの選択肢が根本的に異なります。自法人の類型を正確に把握した上で、どのスキームが自分の目的に合っているかを検討することが重要です。
企業価値評価の方法を理解しておく
医療法人の価値算定には、純資産法(時価純資産をベースに算定する方法)が用いられることが多いですが、収益力を重視したDCF法(Discounted Cash Flow法:将来キャッシュフローを現在価値に割り引く方法)や、EBITDAマルチプル(利払い・税引き・減価償却前利益に一定の倍率をかけて算定する方法)が参照されるケースもあります。
自法人の価値がどのように評価されるかを理解しておくことで、交渉時に正確な判断が可能になります。
行政手続きの期間を見込んだスケジュールを立てる
前述の通り、医療法人M&Aは行政手続きが多く、スキームによっては1年以上かかることもあります。「いつまでに承継を完了したい」という希望がある場合は、逆算して早期に動き出すことが必要です。
許認可・保険指定の引継ぎを確認する
事業譲渡のスキームでは、保険医療機関としての指定が自動引継ぎにならないケースがあります。スキームを選択する際には、どの許認可・指定がどのように引き継がれるかを専門家と事前に確認することが不可欠です。
職員への説明タイミングと方法を慎重に検討する
M&Aの情報が職員に早期に漏れてしまうと、不安や離職につながるリスクがあります。情報管理と開示のタイミング・方法については、専門家のアドバイスを受けながら慎重に進めることが重要です。
医療法人M&Aの価格相場

医療法人の売却価格は、法人の規模・収益力・資産内容・持分の有無・地域性などによって大きく異なります。一概に「いくら」とは言えませんが、一般的な考え方として以下の点が参考になります。
持分あり医療法人の場合、出資持分の時価評価額をベースに、のれん(営業権・将来の収益価値)を加算する形で評価されるケースが多いです。純資産が大きい法人ほど、持分の評価額も高くなります。
持分なし医療法人の場合、合併や事業譲渡では「事業の収益力」や「施設・設備の価値」が評価の核になります。診療科目・患者数・立地・医師の継続勤務可否なども重要な評価要素です。
価格の妥当性を判断するには、複数の専門家の意見を聞き、比較することが大切です。特に、初めてM&Aを経験する売り手側の経営者にとっては、提示された条件が適切かどうかを客観的に評価してもらえる専門家の存在が大きな支えになります。
まとめ:医療法人M&Aは早期の情報収集と専門家活用が鍵

本記事で解説した内容を振り返ると、医療法人のM&Aには以下の重要ポイントがあります。
- 医療法人には「持分あり」と「持分なし」の2種類があり、スキームの選択肢が異なる
- 主なスキームは「出資持分譲渡」「合併」「事業譲渡」「分割」の4種類
- 売り手側のメリットは、後継者問題の解決・雇用継続・経営安定化・持分の現金化など
- 行政手続きが複雑で期間が長いため、早期に動き出すことが重要
- 買い手が限定されるため、専門的なマッチング支援が必要
医療法人M&Aは、「難しそう」「何から始めればいいか分からない」と感じる方が多い分野です。しかし、正しい知識を持ち、信頼できる専門家とともに進めることで、経営者・職員・患者・地域にとって納得のいく結果を実現することができます。
まずは現状の把握と情報収集から始め、疑問点は専門家に確認しながら一歩ずつ進めていきましょう。
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