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葬儀社のM&A|地域密着ビジネスの売却と承継のポイント

「後継者が見つからないまま、このまま廃業するしかないのだろうか」——葬儀社を経営する方の中には、こうした不安を抱えている経営者が少なくありません。地域に根ざした葬儀社は、長年にわたって従業員や取引先の寺院、そして何より地域の遺族に寄り添うサービスを提供してきた存在です。その事業を、後継者不在を理由に畳んでしまうのは、経営者本人にとっても地域社会にとっても大きな損失といえます。
一方で、葬儀業界は死亡者数の増加という需要要因がある一方、家族葬や直葬の普及による1件あたりの単価下落、異業種からの新規参入による競争激化など、経営環境が急速に変化しています。「今のうちに会社を譲渡すべきか」「譲渡するとしたらどのくらいの価値がつくのか」といった疑問を持つ経営者も増えています。
こうした状況で選択肢の一つとなるのが、M&A(第三者への事業承継)です。M&Aを活用すれば、後継者不在の問題を解消しながら、従業員の雇用を守り、資金を得て次のステップに進むことができます。ただし、葬儀業界には冠婚葬祭互助会の前受金や火葬場・斎場の許認可など、他業種にはない特有の論点があり、一般的なM&Aの知識だけでは対応しきれない場面も少なくありません。そこで本記事では、葬儀社のM&Aについて、業界動向・手法・メリットとデメリット・売却相場・進め方から、葬儀業界特有の実務論点まで、売り手経営者の視点で整理して解説します。
この記事の監修者

森沢 雄太
一般社団法人
M&Aセカンドオピニオン協会
代表理事
外資系銀行でのウェルスマネジメント業務を経て、日本M&Aセンターに入社。譲渡側アドバイザーとして100件超の成約に関与し、野村證券出向や福岡支店立ち上げも経験。2018年に日本投資ファンド立ち上げに参画し、投資先の再生にも成功。2022年、合同会社M&Aプレップを創業し、仲介会社・ファンドへの支援やオーナー向け売却準備、買収支援など幅広く展開。2024年には売却支援事業拡大のため株式会社企業経営支援機構を設立し代表に就任。加えて、M&Aにおける利益相反や情報格差の是正を目的とし、代表理事として一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会を設立。
葬儀社のM&Aとは|基礎知識と事業承継との関係

M&A(Mergers and Acquisitions)とは、合併・買収の総称であり、会社や事業の経営権を第三者に移転させる取引全般を指します。葬儀社のM&Aと聞くと大企業同士の合併をイメージするかもしれませんが、実際には従業員数名〜数十名規模の地域密着型の葬儀社同士、あるいは葬儀社と異業種企業との間でも数多く行われています。
M&Aの基本的な意味や手法、全体の流れを体系的に知りたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。

中小企業庁は事業承継の方法を大きく「親族内承継」「従業員承継(役員・従業員承継。MBO・EBOを含む場合がある)」「M&A(社外への引継ぎ)」の3つに整理しています。M&Aは、子や親族に後継者がいない場合や、従業員に株式取得の資金力がない場合の選択肢として、近年急速に存在感を増しています。
M&Aの対象範囲は幅広く、単独の葬儀会館を運営する会社だけでなく、冠婚葬祭互助会を運営する会社、複数の斎場・式場を展開するグループ会社なども含まれます。取引の形態は、株式譲渡・事業譲渡・会社分割・合併など複数の手法があり(詳細は後述)、どの手法を選ぶかによって許認可の承継可否や必要な手続、税務上の取り扱いが異なります。
なお、事業承継と混同されやすい言葉に「事業譲渡」がありますが、事業譲渡はM&Aの一手法(会社の事業の全部または一部を譲渡する取引)であり、事業承継(経営権や事業そのものを次の世代・第三者に引き継ぐこと全般を指す上位概念)とは階層が異なる点に注意が必要です。
葬儀業界の市場動向|死亡者数の推移とM&A活発化の背景

葬儀社のM&Aを検討するうえでは、まず業界を取り巻く市場動向を把握しておく必要があります。
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」によれば、日本の年間死亡者数は今後も増加を続け、2040年頃に165万人前後でピークを迎えると見込まれています。死亡者数の増加は葬儀需要の下支え要因となる一方、ピークを過ぎれば市場自体が縮小に転じる可能性がある点は、売却・譲渡のタイミングを考えるうえで重要な視点です。
一方で、矢野経済研究所「葬祭ビジネス市場に関する調査(2025年)」によれば、2024年の国内葬祭ビジネス市場規模は前年比108.2%の1兆8,300億円と推計されています(内訳は葬儀費用が72.4%、飲食費が12.7%、返礼品が14.9%程度)。死亡者数が増加する中でも、家族葬や直葬といった小規模な葬儀形式が主流になりつつあり、1件あたりの葬儀単価は下落傾向にあるとされます。件数の増加と単価の下落が同時に進行しているため、事業者の収益構造は従来と比べて変化しており、規模の経済を追求するM&Aが選択肢として注目される背景の一つになっています。
また、経営者の高齢化・後継者不在は葬儀業界に限った問題ではなく中小企業全体に共通する課題です。帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(2025年11月21日公表)によれば、全国の後継者不在率は50.1%と、依然として高い水準にあります。地域密着型で家族経営の色合いが強い葬儀社も、この後継者不在の傾向と無縁ではないと考えられます。
こうした市場環境の変化を受けて、異業種企業による葬儀業界への新規参入や、同業他社同士の統合による業界再編の動きも指摘されています。競争が激化する中で、単独での事業継続に限界を感じた経営者が、M&Aによって経営基盤の強い企業の傘下に入るという選択をするケースも増えています。
葬儀社M&Aの主な手法と違い

葬儀社のM&Aで用いられる主な手法には、株式譲渡・事業譲渡・会社分割・合併があります。それぞれ対象となる範囲や手続き、税務上の取り扱いが異なるため、自社に合った手法を理解しておくことが重要です。
| 手法 | 概要 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 株式譲渡 | 会社の株式を買い手に譲渡し、経営権を移転する | 許認可・契約関係を会社ごと包括的に引き継ぎやすい。中小企業のM&Aで多く用いられる手法とされる |
| 事業譲渡 | 会社の事業の全部または一部を個別に譲渡する | 譲渡対象を選別できる。許認可は会社ごとの許可であるため、買い手側が個別に承継・再取得の手続きを行う必要が生じるのが通常だが、業法によっては承継が認められる場合もある |
| 会社分割 | 会社の事業に関する権利義務を分割し、既存会社または新設会社に承継させる | 組織再編の一種で、事業単位での切り出しに向く |
| 合併 | 複数の会社が1つの会社に統合される | 権利義務が包括的に承継されるが、対等な統合か吸収かで実務上の対応が変わる |
このうち、中小規模の葬儀社のM&Aでは、許認可や契約関係を会社ごと引き継ぎやすい株式譲渡が用いられる傾向にあるとされています。ただし、負債や不要な資産を切り離したい場合には事業譲渡が選ばれることもあり、案件ごとの事情に応じて手法が使い分けられます。なお、事業譲渡では会社単位で付与されている許認可がそのまま移転せず買い手側が改めて取得し直すのが原則ですが、許認可の種類によっては合併や会社分割を前提とした承継制度のみが用意されており、事業譲渡では承継自体が認められないケースもあるため、対象となる許認可ごとに個別の確認が欠かせません。
中小企業のM&Aで最も多く選ばれる株式譲渡の仕組みと手続きの流れは、こちらの記事で詳しく解説しています。
会社法467条は、事業の全部または重要な一部の譲渡(事業譲渡等)を行う会社について、原則として株主総会の特別決議を必要とする規定です。株式そのものを譲渡する株式譲渡には467条が直接適用されるわけではなく、決議の要否は対象会社の定款や譲渡制限株式の有無などによって別途判断されます。一方、事業譲渡を選択する場合、譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1(定款でこれを下回る割合を定めた場合はその割合)を超えないときは、同条1項2号の括弧書きにより「重要な一部の譲渡」自体に該当せず、決議は不要となります。この帳簿価額の基準に加え、当該事業が会社全体に与える影響といった質的な要素も総合的に考慮して「重要な一部」に該当するかどうかを判断するのが判例・実務で一般に採られている考え方であるため、自己判断せず専門家に確認することが望まれます。
葬儀社がM&Aを行う売り手側のメリット

葬儀社の経営者がM&Aによって事業を第三者に譲渡する場合、主に次のようなメリットが期待できます。
第一に、後継者問題の解消です。親族や従業員の中に適任者がいない場合でも、M&Aによって経営基盤のある企業に事業を引き継いでもらうことで、廃業を避けて事業を存続させることができます。第二に、譲渡対価の獲得です。株式譲渡による対価は経営者個人の資産となり、引退後の生活資金や新たな事業への再投資に充てることができます。あわせて、会社の借入に対して個人保証を提供している経営者にとっては、事業承継を機に個人保証の解除を交渉できる可能性がある点も見逃せません。
第三に、従業員の雇用と地域サービスの継続です。廃業であれば従業員は職を失い、地域の遺族が慣れ親しんだサービスも失われますが、M&Aによって事業自体が存続すれば、多くの場合、従業員の雇用や地域での葬祭サービス提供が維持されます。第四に、買い手の経営資源を活用した事業基盤の強化です。買い手企業の資金力やノウハウ、システムなどを取り入れることで、老朽化した式場・斎場の改修や、デジタル化への対応など、単独では難しかった投資が可能になる場合があります。
売り手が知っておくべきデメリット・リスク

一方で、M&Aには売り手側が事前に理解しておくべきデメリットやリスクも存在します。
まず、買い手企業の経営方針や社風に合わせる形で、これまでの経営スタイルやサービス内容が変化する可能性があります。地域に根ざした独自のやり方や、寺院・地域住民との関係性を大切にしてきた葬儀社ほど、この変化に対する従業員や取引先の戸惑いが生じやすい点には注意が必要です。
次に、交渉が長期化したり、条件面で折り合わずに破談になったりするリスクもあります。相手探しから最終契約までは一定の期間を要するため、その間の情報管理を徹底しないと、取引先や従業員の間に不要な憶測や不安が広がるおそれがあります。M&Aの検討段階では秘密保持契約(NDA)を締結したうえで、限られた関係者のみで進めることが一般的です。
また、後述する冠婚葬祭互助会の前受金の保全状況や、火葬場の経営許可、自社斎場に関わる用途地域・建築基準法・消防法等の各種許認可・届出の内容によっては、想定していたよりも企業価値評価が下がったり、譲渡条件の調整が必要になったりするケースもあります。売却を検討し始めた段階で、自社の財務状況や許認可関係を整理しておくことが、後のトラブルを避けるうえで重要です。
M&Aの検討にあたっては、こうしたメリットとデメリットの両面を理解したうえで、自社の状況に照らして是非を判断することが欠かせません。判断に迷う場合は、仲介会社やFAとは別に、中立的な第三者の意見を聞いておくことも一つの方法です。
仲介会社の提案内容に不安がある場合は、契約前に中立的な専門家へセカンドオピニオンを求めることも有効な選択肢です。

葬儀社M&Aの流れとスケジュール

葬儀社のM&Aは、一般的に次のようなステップで進みます。検討開始から成約までの期間は案件の規模や相手先の状況によって幅がありますが、半年〜1年程度が一つの目安とされることが多いようです。
M&A全体の検討からクロージング・PMIまでの詳しい手順は、以下の記事で網羅的に解説しています。

| ステップ | 内容 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 事前準備・仲介会社/FAの選定 | 自社の現状整理、M&A支援機関の選定 | 1〜2ヶ月 |
| 相手先探索・打診 | ノンネームシートによる匿名情報での打診、候補先の絞り込み | 1〜3ヶ月 |
| トップ面談・基本合意書(LOI/MOU)締結 | 経営者同士の面談、独占交渉権などの了解事項の確認 | 2週間〜1ヶ月 |
| デューデリジェンス(DD) | 財務・法務・許認可等の詳細調査 | 1〜2ヶ月 |
| 最終契約締結・クロージング | 最終契約書(DA)の締結、対価の支払いと経営権の移転 | 2週間〜1ヶ月 |
基本合意書は、中小M&Aガイドライン第3版の定義によれば「譲り渡し側が、特定の譲り受け側に絞ってM&Aに関する交渉を行うことを決定した場合に、その時点における譲り渡し側・譲り受け側の了解事項を確認する目的で記載した書面」とされ、LOI・MOUとも呼ばれます。譲渡価格などの主要な取引条件は基本的に法的拘束力を持たせず、独占交渉権や秘密保持義務などの一部の条項にのみ拘束力を持たせる形が実務上の主流です。
デューデリジェンスでは、財務内容だけでなく、火葬場の経営許可、自社斎場に関わる用途地域・建築基準法・消防法等に基づく各種許認可・届出、冠婚葬祭互助会を運営している場合は前受金の保全状況、寺院など取引先との契約内容まで幅広く確認されます。最終契約書(DA)の締結にあたっては、開示済みの事項について表明保証違反の責任を負わないとする実務上の取り扱い(ディスクロージャーレター等)が用いられることもあります。
葬儀社の企業価値評価と売却相場の考え方

売却を検討する経営者にとって、最も気になるのが「自社にどのくらいの値段がつくのか」という点でしょう。
企業価値評価の代表的な手法には、時価純資産法(貸借対照表の資産・負債を時価評価した純資産をベースとする手法)、年買法(時価純資産に営業利益の一定年数分を加算する手法。中小企業のM&Aで広く用いられる簡便な評価手法の一つで、中小M&Aガイドラインの参考資料でも将来の収益力を一定年数分加算する考え方が紹介されていますが、特定の計算式が公的な標準として例示されているわけではなく、複数ある簡便法の一つとして参考にするのが安全です)、DCF法(将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する手法)、EBITDAマルチプル(営業利益に減価償却費を加えた利益指標に一定の倍率を掛けて評価する手法)などがあります。
評価手法ごとの特徴やメリット・デメリットについては、企業価値評価(バリュエーション)の記事で詳しく解説しています。
葬儀社の場合、保有する斎場・式場の不動産価値、互助会契約者数(将来の売上につながる顧客基盤)、寺院など取引先との関係性、地域内でのブランド力といった、財務諸表だけでは表れにくい要素が評価に影響を与える点が特徴です。そのため、同じ売上規模の会社であっても、保有資産や顧客基盤の状況によって評価額には大きな幅が生じます。具体的な相場を一律の金額で示すことは実態にそぐわないため、複数の専門家の評価を比較しながら妥当な水準を見極めることが重要です。自社の評価額が適正かどうか判断に迷う場合は、仲介会社やFAの提示額を鵜呑みにせず、中立的な第三者に評価の妥当性を確認してもらうという選択肢も検討するとよいでしょう。
M&A仲介・FAへ支払う費用・手数料の仕組み

M&Aを仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)に依頼する場合、成功報酬を中心とした手数料が発生します。
手数料の算定に広く用いられているのが「レーマン方式」です。レーマン方式は、譲渡金額全体に単一の料率を掛けるのではなく、金額帯(階層)ごとに定められた料率をそれぞれ適用して合算する累進的な計算方式です。基準となる金額を株式価値のみとする「株価ベース」、株式価値に負債総額を加える「移動総資産ベース」など複数の考え方があり、どの基準を採用するかによって報酬額が変わってくる点には注意が必要です。
中小M&Aガイドライン第3版(2024年8月30日公表、2025年1月1日適用)では、契約締結前の書面説明義務が明示されており、仲介者とFAの違いや提供業務の範囲、手数料の算定方法・料率テーブル・最低報酬額、テール条項(契約終了後一定期間の成功報酬請求権)の有無などを、契約前に書面で説明することが求められています。また、令和6年度より、M&A支援機関登録制度(ma-shienkikan.go.jp)に登録した支援機関は、登録要件として自社の手数料体系を制度ホームページ上で公表することが義務付けられています。仲介会社やFAを選ぶ際は、こうした開示情報を確認し、料率だけでなく提供されるサポート内容も含めて比較検討することをおすすめします。
葬儀社特有の実務論点|許認可・互助会前受金・宗教法人との関係

葬儀業界のM&Aには、他業種にはあまり見られない特有の論点がいくつかあります。
火葬場の経営許可
墓地、埋葬等に関する法律に基づき、火葬場を経営するには許可が必要とされています。許可権限はもともと都道府県知事が有していましたが、2012年(平成24年)の法改正によりすべての市へ権限が移譲されており(町村の場合は都道府県知事が権限を有する)、実務上は火葬場を所轄する市長または都道府県知事への確認が必要です。この許可の審査にあたっては「永続性」と「非営利性」が求められる運用が多くの自治体で確認されており、経営主体は市町村等の地方公共団体が中心である一方、それが難しい事情がある場合には宗教法人や公益法人等に限って許可される例が実務上見られます。ただし、株式会社が経営主体として許可される事例は全国的にも極めて限定的であり、具体的な要件・運用も自治体条例によって異なるため、個別の確認が欠かせません。そのため、株式会社である葬儀社が自ら火葬場を保有・運営しているケースはきわめて限定的ですが、指定管理などの形で火葬場の運営に関与している場合は、M&Aによる経営権の移転が許可の性質にどう影響するか、事前に所轄自治体へ個別に確認しておくことが不可欠です。
冠婚葬祭互助会の前受金
互助会を運営する葬儀社の場合、会員から預かった前受金(積立金)の取り扱いがM&Aの重要な論点になります。冠婚葬祭互助会は割賦販売法(前払式特定取引)に基づく許可事業であり、毎年3月31日・9月30日時点における前受金合計額の2分の1相当額について、供託または経済産業省が指定する保証機関等による保全措置を講じることが義務付けられています。裏を返せば、前受金の残り半分については必ずしも外部で保全されているわけではないため、M&Aのデューデリジェンスでは、前受金の総額だけでなく保全状況・保全先まで精査することが極めて重要です。
宗教法人(寺院)との関係
地域密着型の葬儀社は、特定の寺院と長年にわたり僧侶の紹介やお布施の取り次ぎなどで協力関係を築いていることが少なくありません。M&Aによって経営権が移転した後もこうした関係が維持されるかどうかは、契約書の有無にかかわらず、地域での信頼関係に基づく面が大きいため、買い手候補との交渉段階で丁寧に説明し、理解を得ておくことが望ましいでしょう。
葬儀社M&Aで失敗しやすいパターンと対策

M&Aを実行しても、その後の運営がうまくいかなければ本来の目的は達成できません。葬儀社のM&Aで失敗しやすいパターンとその対策を整理します。
第一に、デューデリジェンスの不足です。前述の互助会前受金の保全状況や、火葬場・斎場の許認可関係を十分に確認しないまま契約を進めてしまうと、成約後に想定外の負担が発覚するおそれがあります。対策としては、財務・法務の専門家に依頼し、葬儀業界特有の論点まで踏み込んだ調査を行うことが欠かせません。
第二に、従業員(特に葬祭ディレクターなど専門知識を持つ人材)の離職です。経営体制の変化に不安を感じた従業員が退職してしまうと、サービス品質の低下や顧客離れにつながりかねません。対策としては、成約前から従業員への説明のタイミングと伝え方を慎重に検討し、待遇面での配慮を買い手候補と事前にすり合わせておくことが重要です。
第三に、地域住民や寺院との関係悪化です。買収後に運営方針が大きく変わり、地域に根ざしたきめ細かなサービスが失われると、長年築いてきた信頼関係が損なわれることがあります。対策としては、統合後の運営方針について地域特性を理解した買い手を選ぶこと、そして統合初期の段階で地域との関係維持を優先課題に位置づけることが挙げられます。
第四に、統合後の対応(PMI)を軽視することです。M&Aは契約締結がゴールではなく、契約後の企業文化の統合や業務プロセスの再構築こそが成果を左右します。中小企業庁が策定した中小PMIガイドライン(基礎編・発展編の2部構成)も参考にしながら、統合後の具体的な計画を成約前から準備しておくことが望まれます。
売却前に確認しておきたい実務チェックリスト

葬儀社の売却を検討し始めた段階で、以下の項目をあらかじめ整理しておくと、その後の手続きがスムーズに進みます。
- 直近3〜5期分の決算書・税務申告書を整理できているか
- 冠婚葬祭互助会を運営している場合、前受金の総額と保全状況を把握しているか
- 火葬場の経営許可、自社斎場に関わる用途地域・建築関連法規等の許認可・届出の名義・有効期限を確認しているか
- 会社の借入に対する経営者個人保証の有無と金額を把握しているか
- 寺院・葬祭用品の仕入先など主要な取引先との契約内容を整理しているか
- 従業員の雇用契約・退職金制度の内容を確認しているか
- M&Aの検討を進めるうえで、秘密保持契約(NDA)を締結する準備ができているか
これらの項目を事前に整理しておくことで、デューデリジェンスの段階でのやり取りが円滑になり、交渉自体もスムーズに進みやすくなります。
葬儀社のM&Aに関するよくある質問
Q1. 家族経営の小規模な葬儀社でもM&Aは可能ですか? A. 可能です。近年は地方の中小規模の葬儀社同士のM&Aや、地域密着型の葬儀社を対象とした異業種からの参入も増えています。規模が小さいことを理由にM&A自体ができないわけではなく、自社の強み(地域内での信頼、顧客基盤など)を整理して伝えることが重要です。
Q2. 冠婚葬祭互助会を運営していますが、M&Aの対象になりますか? A. 互助会を運営している葬儀社もM&Aの対象になります。ただし、前述の通り前受金の保全状況が企業価値評価や交渉条件に大きく影響するため、早い段階から前受金関連の資料を整理しておくことをおすすめします。
Q3. 負債を抱えていてもM&Aはできますか? A. 負債があることを理由にM&Aができなくなるわけではありません。ただし、負債の内容によっては企業価値評価が下がったり、買い手側が負債の扱いについて慎重に検討したりする場合があります。負債の状況を正確に開示し、買い手にリスクとメリットを正しく理解してもらうことが交渉を進めるうえで重要です。
Q4. 火葬場や自社斎場を保有している場合、何に注意すればよいですか? A. 火葬場を保有・運営している場合は、経営主体に関する許認可の性質上、経営権の移転が許可にどう影響するか、所轄自治体(市長または都道府県知事)に個別に確認する必要があります。自社斎場についても、用途地域・建築基準法・消防法等の観点から必要な許認可・届出が維持されているか、老朽化の状況や維持管理コストが企業価値評価に影響するため、事前に整理しておくとよいでしょう。
Q5. 売却の相談から成約までどのくらいの期間がかかりますか? A. 案件によって異なりますが、事前準備から最終契約・クロージングまで半年〜1年程度が一つの目安とされることが多いようです。相手先の選定状況や、デューデリジェンスで確認すべき事項の多寡によって前後します。
Q6. 誰に相談すればよいですか? A. M&A仲介会社やFAのほか、事業承継・引継ぎ支援センター(中小企業庁が所管し、全国47都道府県48か所に設置されている公的相談窓口で、実際の運営は商工会議所や公益財団法人など地域の支援機関が担っており、運営主体は都道府県ごとに異なる)などの公的な相談窓口もあります。複数の相談先から意見を聞き、提案内容を比較検討することが、納得のいくM&Aにつながります。
仲介会社・FA・公的窓口を横断して比較したい方は、M&Aの相談先の記事で選び方のポイントを確認できます。
まとめ
葬儀社のM&Aは、後継者不在という経営課題を解消しながら、従業員の雇用や地域での葬祭サービスを継続させるための有力な選択肢です。死亡者数の増加が見込まれる一方で、家族葬・直葬の普及による小規模化や競争激化が進む葬儀業界だからこそ、単独での事業継続に限界を感じた際にM&Aという選択肢を検討する経営者が増えています。
一方で、冠婚葬祭互助会の前受金保全や、火葬場・斎場の許認可といった葬儀業界特有の論点は、一般的なM&Aの知識だけでは見落としやすいポイントです。仲介会社やFAの提案を鵜呑みにせず、自社の状況を正確に整理したうえで、複数の専門家の意見を比較しながら進めることが、納得のいく結果につながります。条件面や進め方に不安がある場合は、仲介会社との契約を結ぶ前の段階で、完全無料・成功報酬なしの中立的な第三者に相談し、提示された条件が妥当かどうかを確認しておくのも一つの方法です。
監修:森沢雄太(一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会 代表理事) 日本M&Aセンター出身、M&A成約実績100件超。売り手経営者に寄り添う中立的な立場から、本記事の内容を監修しています。