塗装・防水工事業のM&A|売却相場と職人・技能者の承継

塗装業のM&A・事業承継による第三者承継を前向きに検討する経営者のイメージ

「後継者がいないまま、この塗装会社をどうすればいいのか」——長年、外壁塗装や防水工事の現場を支えてきた経営者の中には、こうした悩みを抱えている方が少なくありません。職人の高齢化、資材価格の高止まり、元請けとの関係維持など、塗装業特有の事情も重なり、廃業と事業継続の間で判断がつかないまま時間だけが過ぎてしまうケースも見られます。

一方で、近年は塗装業界においてもM&A・事業承継という選択肢が現実的な解決策として広がりつつあります。後継者不在という構造的な課題を抱える中小企業が、廃業ではなく第三者への譲渡によって事業と雇用を守る事例が増えているのです。

とはいえ、M&Aには専門用語が多く、「本当に自社は売却できるのか」「相場はどのくらいなのか」「従業員はどうなるのか」といった疑問を持つ経営者も多いでしょう。そこで本記事では、塗装業のM&A・事業承継について、基礎知識から業界特有の注意点、流れ、相場、成功のポイントまでを網羅的に解説します。


目次

塗装業のM&A・事業承継とは

塗装業のM&A・事業承継の基本的な意味を理解する経営者

M&A・事業承継の基本的な意味

M&A(Mergers and Acquisitions)とは、企業の合併・買収を意味する言葉で、株式譲渡や事業譲渡といった手法を通じて、会社や事業の経営権を他者に移転する取引全般を指します。事業承継は、経営者が自社の事業を後継者へ引き継ぐこと全般を指す、より広い概念です。事業承継には親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)の3つの類型があり、M&Aはそのうちの1つに位置づけられます。

M&Aの基礎知識について詳しく知りたい方はこちらの記事も参考にしてください。

かつては「会社を売る」ことにネガティブな印象を持つ経営者も少なくありませんでしたが、近年は後継者不在の解決手段として、また従業員の雇用を守り事業を存続させる前向きな選択肢として、M&Aへの理解が広がってきています。

塗装業(塗装工事業)とM&Aの相性

塗装工事業は建設業の中でも専門工事業の一つで、建築物の外壁・屋根塗装、防水工事、鉄骨塗装などを手がける業種です。参入障壁が比較的低く中小・零細企業が多い一方、施工品質は職人の技術力に大きく依存し、元請けゼネコンや工務店との継続的な取引関係、有資格者(施工管理技士など)の在籍状況が企業価値を左右しやすいという特徴があります。

これらの特徴は、買い手側から見ると「技術力のある職人集団」「特定エリアでの元請けとの信頼関係」「建設業許可を維持できる体制や、それに紐づく取引基盤」に価値を見出しやすいことを意味します。単なる価格競争にとどまらない専門性を持つ塗装会社ほど、M&Aによる譲渡の選択肢を検討する余地が大きいといえるでしょう。

塗装業界の現状とM&Aが増えている背景

職人の高齢化と後継者不在という塗装業界の課題を見つめる経営者

人手不足と後継者不在という構造的な課題

建設業界全体で高齢化と人手不足が深刻化しています。国土交通省が総務省「労働力調査」をもとにまとめたデータによれば、2024年時点で建設業就業者に占める55歳以上の割合は36.7%(全産業は32.4%)、29歳以下の割合は11.7%(全産業は16.9%)と、他産業と比べて高齢化が顕著です。技能者に限ると60歳以上が全体の約4分の1(25.8%)を占めており、今後10年程度でその多くが引退することが見込まれています。

塗装業も例外ではなく、現場を支える職人・有資格者の高齢化が進む一方、若手人材の確保は難しい状況が続いています。加えて帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」(2025年11月21日公表)によれば、全国の後継者不在率は50.1%と、依然として中小企業の半数が後継者を確保できていない状態にあります。業種別に見ると建設業の不在率は57.3%と全国平均を上回っており、全業種の中でも高い水準にあります(2018年の71.4%からは改善傾向にあるものの、依然として厳しい状況です)。塗装業を含む建設関連業種でも、後継者不在は廃業リスクに直結する課題として強く認識されています。

資材価格の高止まりと競争激化

塗料や関連資材の価格は近年上昇傾向が続いてきました。原材料費の上昇分を工事価格に十分転嫁できるかどうかは企業ごとの交渉力に左右されやすく、原価管理力や価格転嫁力の弱い企業ほど収益を圧迫されやすい構造が続いています。こうした環境下では、資本力や購買力を持つ企業と手を組むことで原価面の課題を解消できる点も、M&Aが検討される理由の一つです。

大手・中堅企業による業界再編の動き

塗料メーカーや塗装関連企業の間では、規模の利益を追求する経営統合や、周辺領域を取り込む動きが近年目立っています。市場全体の再編が進む中で、地域密着型の中小塗装会社にとっても、単独での存続だけでなく、大手・中堅企業の傘下に入ることで経営基盤を強化する選択肢が現実味を帯びてきているといえます。

塗装業のM&A手法と違い

株式譲渡・事業譲渡などM&A手法の違いを比較検討する経営者

塗装業のM&Aで用いられる手法は複数ありますが、中小企業のM&Aで最も多く採用されているのは株式譲渡と事業譲渡です。それぞれの特徴を理解したうえで、自社の状況に合った手法を検討することが重要です。

手法 概要 主な特徴
株式譲渡 オーナー経営者が保有する株式を買い手に譲渡し、経営権を移転する 手続きが比較的シンプル。会社そのものが移転するため許認可・契約関係・雇用関係が原則そのまま引き継がれやすい
事業譲渡 会社の特定の事業・資産を選んで譲渡する 譲渡対象を限定できる一方、契約・許認可・雇用関係の再取得や個別承継の手続きが必要になりやすい
会社分割・合併 会社の事業の一部または全部を切り出して統合・承継する グループ内再編や複数事業を持つ会社の整理に用いられることが多い

株式譲渡

株式譲渡は、オーナー経営者が保有する株式を買い手企業や個人に譲渡し、会社の経営権を移転する手法です。会社という法人格自体は変わらないため、建設業許可を含む許認可や取引先との契約関係が原則としてそのまま引き継がれやすい点が特徴です。個人株主が株式譲渡によって得た譲渡益には、申告分離課税として20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%、国税庁タックスアンサーNo.1463)が課税されます。復興特別所得税は2013年から2037年までの時限措置である点も押さえておきましょう。上場・非上場を問わず株式譲渡益は原則としてこの申告分離課税の対象となりますが、個別の株式の保有状況や今後の税制改正によって扱いが変わる可能性もあるため、正確な税額の算定は税理士に確認することをおすすめします。

株式譲渡の仕組みや手続きについては株式譲渡で詳しく解説しています。

事業譲渡

事業譲渡は、会社の中から特定の事業や資産・負債を選んで譲渡する手法です。不採算事業を切り離して優良事業のみを譲渡する、といった柔軟な設計ができる一方、建設業許可は事業譲渡によって自動的に引き継がれるものではなく、買い手側で改めて許可要件を満たす必要が生じる場合があります。また、雇用契約や取引先との契約も株式譲渡のように包括的に引き継がれるわけではなく、従業員の転籍や契約の再締結など個別の手続きが必要になる点も株式譲渡との大きな違いです。会社法467条により、事業の全部の譲渡には原則として株主総会の特別決議が必要です。事業の重要な一部の譲渡についても原則決議が必要ですが、譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下であれば「重要な一部の譲渡」に該当せず決議を省略できるとされています。ただし、この基準は形式的な目安であり、実際の該当性は事業規模や会社の収益への影響なども踏まえて判断されるため、個別の事案では弁護士など専門家への確認が推奨されます(なお、この5分の1基準は重要な一部の譲渡の該当性判定に関するものであり、事業の全部譲渡には適用されません)。

事業譲渡のメリット・デメリットや手続きの流れは事業譲渡で詳しく解説しています。

会社分割・合併という選択肢

会社分割は、会社の事業の一部または全部を切り出して既存会社に承継させたり(吸収分割)、新設する会社に承継させたりする(新設分割)手法です。合併は複数の会社を1つの法人に統合する手法です。いずれも原則として株主総会の特別決議が必要ですが、会社法上、一定の要件を満たす場合には決議を省略できる簡易・略式の手続きが用意されています。その要件は吸収分割・新設分割・吸収合併など行為類型や当事会社の立場ごとに条文上の定めが異なり、一律に判断することはできないため、活用を検討する場合は個別に専門家へ確認することが不可欠です。中小の塗装会社が単独でこれらの手法を選ぶ場面は多くありませんが、グループ経営を行う企業や複数の関連会社を持つオーナーが事業を整理する際に検討されることがあります。

塗装業をM&Aで譲渡する売り手のメリット

M&Aによって事業と職人の雇用が継続する安心感を表す塗装会社の様子

後継者問題の解決と事業の存続

M&Aによる第三者承継は、親族や社内に適任の後継者がいない場合でも、事業そのものを存続させられる有力な選択肢です。長年築いてきた顧客との信頼関係や、職人が培ってきた技術を廃業によって失うことなく、次の担い手に引き継げる点は大きなメリットといえます。

従業員・職人の雇用継続

廃業を選んだ場合、従業員・職人は職を失うことになりますが、M&Aによる譲渡であれば雇用の場を守れる可能性が高まります。株式譲渡の場合は会社という法人格がそのまま存続するため、雇用契約は通常そのまま継続します。一方、事業譲渡の場合は会社が変わるため、従業員一人ひとりの転籍手続き(個別の同意・契約の再締結)が必要になり、手法によって雇用継続の扱いが異なる点には注意が必要です。買い手企業にとっても、有資格者や経験豊富な職人を確保できることは大きな魅力であり、良い条件での譲渡につながりやすい要素です。

個人保証の解除と譲渡益の獲得

中小企業のオーナー経営者は、金融機関からの借入に対して個人保証(経営者保証)を提供しているケースが多く見られます。M&Aによって経営権を譲渡した場合、買い手企業や新経営者への個人保証の切り替えが協議されることがありますが、実現するかどうかは金融機関の判断によるため、譲渡後も一定期間保証が残るケースもあります。あわせて、株式譲渡や事業譲渡によって譲渡益を得られることも、引退後の生活設計を考えるうえで重要な要素です。保証の取り扱いは金融機関との個別協議が前提となるため、早い段階からこの点を念頭に置いて交渉を進めることが望ましいでしょう。

売り手が知っておくべきデメリット・リスク

M&Aのリスクを慎重に確認する塗装会社の経営者

M&Aには多くのメリットがある一方、売り手が事前に理解しておくべきリスクも存在します。誠実に向き合うことで、譲渡後のトラブルを未然に防ぐことができます。

建設業許可・技術者要件が引き継げないリスク

塗装業を含む建設業の許可を維持するには、経営業務の管理体制や、営業所ごとに一定の技術者を配置する要件などを満たす必要があります。株式譲渡であれば会社そのものが存続するため許可は原則維持されますが、役員変更や技術者の退職・異動によって要件を満たせなくなるケースもあり、「株式譲渡だから許可は自動的に維持される」と単純に考えるのは禁物です。譲渡後も要件を満たし続けられるよう、事前に技術者の在籍状況や社会保険加入状況などを確認しておく必要があります。

なお、2024年12月13日施行の建設業法改正により、これまで「専任技術者」と呼ばれてきた制度上の名称は「営業所技術者等」に変更されています(建設業法第7条第2号・第15条第2号)。また、建設業許可を持つ会社の事業承継に関しては、一定の要件を満たす場合に事前の認可を受けられる「事業承継等の事前認可制度」(2020年10月施行、建設業法第17条の2・第17条の3)も設けられており、M&Aの実務ではこうした制度の活用可否もあわせて検討されます。

職人・従業員の流出リスク

M&Aの噂や発表をきっかけに、将来への不安から職人や従業員が離職してしまうリスクがあります。特に塗装業では、特定の職人の技術力や、元請けとの個人的な信頼関係が事業価値の核になっていることが多く、キーパーソンの流出は買い手企業にとっても売り手にとっても大きな損失です。譲渡交渉の過程では、開示のタイミングや従業員への説明方法を専門家と十分に協議することが重要です。

企業文化の統合(PMI)の難しさ

M&A成立後の統合プロセス(PMI: Post Merger Integration)では、買い手企業と売り手企業の文化の違いが表面化しやすいものです。特に塗装業のような現場作業を伴う業種では、現場の裁量や評価制度、安全管理のやり方といった「現場の当たり前」の違いが、職人のモチベーションに直結します。統合初期の混乱を避けるためにも、PMIの計画は譲渡契約締結前からある程度検討しておくことが望ましいでしょう。

自社の状況がM&Aに向いているのか、あるいはどのようなリスクに備えるべきなのか、判断に迷う場合は、成約を急がない中立的な立場から助言を受けることも一つの選択肢です。

セカンドオピニオンの活用法について詳しくはこちらをご覧ください。

売却前に整理しておくべきリスクについて、無料相談で確認することもできます。

塗装業M&Aの流れ・プロセス

塗装業M&Aの相談から契約までの流れを専門家と確認する経営者

塗装業のM&Aは、一般的に次のようなステップで進みます。各ステップの期間は案件により異なりますが、目安を把握しておくと全体像をイメージしやすくなります。

M&A全体の流れをより詳しく知りたい方はこちらの記事もご覧ください。

ステップ 主な内容 期間の目安
1. 専門家への相談・準備 M&A仲介会社やFA、事業承継・引継ぎ支援センターなどへ相談し、自社の現状を整理する 1〜2ヶ月
2. 譲渡先候補の選定・交渉 ノンネームシート(会社名を伏せた概要書)やIM(企業概要書)をもとに候補先と接触し、条件交渉を行う 2〜6ヶ月
3. トップ面談・基本合意 経営者同士が直接面談し、買い手からLOI(意向表明書)が提示された後、条件面の整理が進んだ段階でMOU(基本合意書)を締結することがある 1〜2ヶ月
4. デューデリジェンス(DD) 買い手が財務・法務・労務・建設業許可要件などを調査する 1〜2ヶ月
5. 最終契約・クロージング 最終契約書(株式譲渡契約書・事業譲渡契約書など)を締結し、表明保証条項などを確認したうえで決済・経営権移転を行う 1ヶ月程度

トップ面談からクロージングまでの全体像は、案件の規模や交渉の難易度によって半年〜1年程度かかることも珍しくありません。

デューデリジェンス(DD)は、買い手企業が譲渡対象企業のリスクを精査する重要な工程です。財務状況の精査に加え、建設業許可の要件充足状況や、労働災害・社会保険の加入状況なども確認対象となります。最終契約書(株式譲渡契約書や事業譲渡契約書など、実務ではDAと呼ばれることもあります)では、開示した情報が事実と相違ないことを保証する「表明保証」条項が設けられるのが一般的で、内容に誤りがあった場合の補償(表明保証違反への対応)についても取り決めがなされます。譲渡代金の一部を一定期間第三者機関に預け置く「エスクロー」の仕組みが用いられることもあります。

交渉開始前には秘密保持契約(NDA)を締結し、社名や財務情報などの機密情報が外部に漏れないよう管理することが不可欠です。M&Aの検討自体が従業員や取引先に知られてしまうと、前述の流出リスクにつながりかねないため、情報管理は徹底する必要があります。

塗装業M&Aの企業価値評価と相場・費用

塗装会社の企業価値評価と手数料相場を検討する経営者

主な評価手法

塗装業のM&Aにおける企業価値評価では、複数の手法を組み合わせて相場観を形成するのが一般的です。年買法(時価純資産額に営業権として一定年数分の利益を加算する方法)は、中小企業のM&A実務で簡便な目安として用いられることがある手法ですが、公的な標準として位置づけられているものではなく、単独で用いるよりも他の評価手法と組み合わせて相場感を補強する使われ方をすることが多いとされます。DCF法(将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて算定する方法)やEBITDAマルチプル(類似企業の指標を参考に評価する方法)、純資産法(貸借対照表の純資産をベースに評価する方法)なども併用され、業績の安定性や成長性、保有資産の状況に応じて重視される手法は異なります。EBITDAマルチプルの倍率は業種や案件によって幅があり、断定的な数値を提示することは適切ではないため、あくまで目安として複数の専門家の意見を確認することをおすすめします。

評価手法の詳細は企業価値評価の3つの方法で詳しく解説しています。

相場を左右する要因

塗装業のM&Aでは、財務指標だけでなく、次のような業界特有の要素が評価に影響します。

  • 施工管理技士などの有資格者の在籍状況と年齢構成
  • 元請けゼネコン・工務店との取引年数や継続性
  • 保有する車両・足場・機械設備の状態
  • 特定エリアでの評判や紹介経路の強さ
  • 低VOC塗料や遮熱・断熱塗料などの高付加価値施工へのノウハウ

これらの要素が良好であるほど、財務諸表の数値だけでは測れない「のれん」(超過収益力)が高く評価される傾向にあります。

仲介手数料の相場

M&A仲介会社やFAに支払う手数料は、譲渡金額に一定の料率を乗じる「レーマン方式」が広く使われています。ただし、レーマン方式の基準額(何に料率を乗じるか)には、株式価値のみを基準とする方式、株式価値に負債総額を加えた「移動総資産」を基準とする方式、有利子負債のみを加える方式などいくつかの考え方があり、「移動総資産レーマン」「企業価値レーマン」といった呼び方で整理されることもあります。呼称や計算の基準は仲介会社によって異なるため、「レーマン方式は2種類」などと一概に断定できるものではなく、契約前に必ず基準額に何を含めるのか算定方法そのものを確認することが重要です。

中小M&Aガイドライン第3版(中小企業庁、2024年8月30日公表、2025年1月1日適用)では、契約締結前に算定方法や最低報酬額などを含む17項目を書面で説明することが仲介者・FAに求められています。手数料以外にも、デューデリジェンス費用や契約書作成のための専門家(弁護士・税理士など)への依頼費用が別途発生する点も踏まえて資金計画を立てる必要があります。実際の料率や体系は会社ごとに異なるため、M&A支援機関登録制度(ma-shienkikan.go.jp)や各社の開示情報で個別に確認するとよいでしょう。

塗装業特有の論点:技術者要件・職人の定着・環境対応

職人の技術継承と環境対応塗装に取り組む塗装会社の現場

塗装業のM&Aを検討するうえでは、他業種と共通する論点に加えて、業界特有の視点を押さえておくことが成功の鍵を握ります。

営業所技術者等(旧専任技術者)の承継と関連制度

前述のとおり、塗装業を含む建設業許可の維持には、営業所技術者等(旧専任技術者)の在籍が欠かせません。M&Aの検討段階では、対象となる技術者が譲渡後も勤務を継続する意思があるか、後継となる有資格者を確保できる見込みがあるかを早い段階で確認しておく必要があります。あわせて、経営業務の管理責任者としての要件を満たす人材が譲渡後の体制にいるかどうかも、許可維持の観点から重要な確認事項です。

なお、建設業許可が必要となるのは、1件あたりの請負金額が500万円(税込)以上の工事(建築一式工事の場合は1,500万円(税込)以上、または延べ面積150平方メートル以上の木造住宅工事)を請け負う場合です(建設業法施行令第1条の2)。これに満たない「軽微な建設工事」のみを行う小規模な塗装会社では、そもそも建設業許可を保有していないケースもあります。M&Aの検討にあたっては、自社が許可業者かどうか、買い手が許可の有無や保有資格者をどのように評価するかを事前に確認しておくとよいでしょう。

職人の技術継承とモチベーション維持

塗装業の企業価値は、突き詰めれば「人」に依存する部分が大きい業種です。M&A後のPMIでは、待遇や評価制度を急激に変えるのではなく、段階的な統合を意識することで、現場の反発や職人の離職を防ぎやすくなります。特に、長年現場を率いてきた「親方」的な立場の職人が引き続き活躍できる環境を用意できるかどうかは、統合の成否を左右する重要な要素です。

環境規制・サステナビリティ対応が企業価値に与える影響

近年、建築物の断熱・遮熱性能や、揮発性有機化合物(VOC)排出量への関心が高まっており、低VOC塗料や高機能塗料への対応力は、買い手の事業戦略によっては差別化要因として評価される可能性があります。国や自治体では住宅の省エネ改修・断熱改修を対象とした補助制度が設けられており、外壁・屋根塗装がその対象工事に含まれる場合もありますが、制度の内容や公募時期は国・自治体・年度ごとに変動が大きいため、活用を検討する際は最新の公募要領を確認する必要があります。こうした環境対応技術を持つ塗装会社は、単なる価格競争にとどまらない差別化要因を持つ企業として評価される可能性があります。買い手企業が中期的な環境対応戦略を描いている場合、こうした技術やノウハウの有無が譲渡条件にプラスに働くこともあるため、自社の環境対応の取り組みを整理しておくことは、価値評価の場面でも意味を持ちます。デジタル技術を用いた工程管理や顧客管理の仕組みを整えている企業も、デューデリジェンスの効率化という観点から買い手に好印象を与えやすい傾向があります。

こうした業界特有の論点を第三者の視点で整理したい場合、M&Aインサイトの無料相談では、成約を前提としない中立的な立場からのアドバイスを受けることもできます。

塗装業M&Aを成功させるためのチェックリストと失敗しやすいパターン

M&Aの成功に向けて準備状況をチェックリストで確認する経営者

M&Aを成功に導くためには、事前の準備と適切なタイミングでの行動が欠かせません。以下のチェックリストを参考に、自社の状況を整理してみましょう。

  • 決算書・税務申告書など財務資料を最低3期分整理できているか
  • 建設業許可の要件(経営業務管理責任者・営業所技術者等・社会保険加入状況)を確認しているか
  • 主要な有資格者・職人の年齢構成と定着意向を把握しているか
  • 元請けとの契約関係・継続年数を整理できているか
  • 個人保証・担保提供の状況を金融機関ごとに確認しているか
  • 譲渡後に希望する条件(従業員の雇用継続・自身の関与期間など)を明確にしているか
  • 秘密保持契約(NDA)を締結してから情報開示を進めているか

一方で、以下のようなパターンは塗装業のM&Aで失敗につながりやすいため注意が必要です。

準備不足のまま交渉を急いでしまい、財務資料や許可要件の整理が後手に回るケースでは、デューデリジェンスの段階で想定外の問題が発覚し、交渉が難航することがあります。また、従業員への説明タイミングを誤り、噂が先行して職人が離職してしまうケースも見られます。譲渡条件の交渉においては、譲渡価格のみに目を奪われ、従業員の雇用条件や自身の関与期間(ロックアップ、いわゆるキーマン条項)といった非金銭的な条件を軽視してしまうと、譲渡後に想定と異なる結果を招くこともあります。ロックアップは、譲渡後も一定期間経営者が会社に関与し続ける義務を指すもので、同業他社への転職や起業を制限する「競業避止条項」とは異なる概念である点も押さえておきましょう。さらに、複数の仲介会社やFAに相談する際、それぞれの提案や手数料体系を十分に比較検討しないまま契約してしまうと、後になって想定外の費用が発生することもあります。

塗装業のM&Aについてよくある質問

赤字の塗装会社でもM&Aは可能ですか

赤字であることが直ちにM&Aを不可能にするわけではありません。買い手企業が技術者・職人の確保、特定エリアでの顧客基盤、許可を維持できる体制や元請けとの関係性に価値を見出す場合、赤字であっても譲渡が成立するケースはあります。ただし、赤字の背景(一時的な要因か構造的な要因か)によって評価や条件は大きく変わるため、早めに専門家へ相談し、自社の状況を客観的に整理しておくことが望ましいでしょう。

小規模な塗装会社でもM&Aの対象になりますか

従業員数名の小規模な塗装会社であっても、M&Aの対象になり得ます。近年はスモールM&Aと呼ばれる比較的小規模な取引も活発化しており、事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的機関でも小規模事業者の相談を受け付けています。ただし、小規模であるほど個人の技術力への依存度が高くなりやすいため、譲渡後の技術継承をどう設計するかが特に重要な論点になります。

従業員には交渉のどの段階で伝えるべきですか

一般的には、基本合意締結後、最終契約締結の前後など、M&Aの実現可能性がある程度固まった段階で伝えるケースが多く見られます。あまりに早い段階で情報が広がると不安や憶測を招き、逆に直前まで伏せておくと不信感につながることもあるため、専門家と相談しながら、伝える範囲・タイミング・伝え方を慎重に設計することが重要です。

建設業許可は譲渡後も自動的に維持されますか

株式譲渡であれば会社という法人格自体は変わらないため、許可が失効するわけではありませんが、役員変更や技術者の異動によって許可要件を満たせなくなれば、許可の維持に影響が生じる可能性があります。事業譲渡の場合は許可が自動的に引き継がれるものではないため、買い手側で改めて許可要件を確認・整備する必要があります。いずれの手法でも、譲渡前に建設業許可の要件充足状況を確認しておくことが欠かせません。

相談は無料でできますか

初回相談を無料としているM&A仲介会社やFAは少なくありませんが、報酬体系や相談範囲は各社で異なるため、事前に確認しておくと安心です。また、事業承継・引継ぎ支援センターのように公的に運営されている相談窓口もあります。M&Aインサイトが提供するセカンドオピニオンサービスも、完全無料・成功報酬なしで、特定の仲介会社に偏らない中立的な立場からのアドバイスを受けられる点が特徴です。複数の意見を比較したうえで判断したいという場合に活用いただけます。

M&A後、社名や屋号は残せますか

株式譲渡の場合、会社そのものが存続するため、屋号や社名をそのまま残す選択がしやすい傾向にあります。事業譲渡の場合は個別の交渉次第となりますが、地域での認知度やブランド価値を重視する買い手であれば、屋号を維持する形での統合が選ばれることもあります。社名・屋号の扱いは重要な交渉事項の一つであるため、早い段階で希望を伝えておくとよいでしょう。

まとめ

塗装業界は、職人の高齢化や後継者不在という構造的な課題を抱えながらも、M&Aという選択肢によって事業と雇用を存続させられる可能性が広がっています。株式譲渡・事業譲渡といった手法の違い、建設業許可や技術者要件の承継、職人の定着といった業界特有の論点を理解したうえで準備を進めることが、譲渡を成功させるための土台になります。

一方で、M&Aには専門的な判断が求められる場面が多く、仲介会社やFAの提案が自社にとって本当に適切かどうか、経営者一人で見極めるのは容易ではありません。だからこそ、契約や交渉を進める前に、利害関係のない中立的な立場から意見を聞いておくことには大きな意味があります。

成約を急がない中立的な立場から、あなたの塗装会社の状況を無料で整理してみませんか

本記事の内容は、公的機関の統計や制度に関する一般的な情報を基にした解説です。実際の税務・法務・許可要件の判断にあたっては、税理士・弁護士・行政書士など専門家への確認をおすすめします。

監修者:森沢雄太(一般社団法人M&Aセカンドオピニオン協会 代表理事/日本M&Aセンター出身/M&A成約実績100件超)

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